魂を呼ぶ声――2001年夏公演によせて

 まるで、英大夫の声が、死者の魂に呼びかけ、亡き呂大夫がそれに応え、その魂の交流が、彼に新しい団七像を作り出させたかのように思われた。

 義平次の伊達大夫、いまやこの人のほかに、こうした汚れ役、庶民の悪のいやらしさをここまで表現できる人はいまい。義平次を作り出しているのではない、義平次そのもの。
 そして要所要所を決める寛治の三味線。もはや「遊ぶ」ともいうべき余裕の表情。こうした名人に支えられて、英大夫は鮮烈な団七を創造しえた。

 簑太郎の向こうには、父勘十郎が重なる。私は勘十郎の団七を見たことがない。
 だが、大胆にして細心、隅々まで計算された簑太郎の団七には、父を受け継ぎつつ父を超えようとする意欲がみなぎっている。 玉女には、義平次を遣う師匠玉男が。玉女のなかで、立役として長年鍛え上げられた技が、力が、師のリードに合わせ、それを受け止め、共に一つの舞台を作り上げていく。

 先人を、死者を越えていく、というより、それを心に置きつつ、対話し、自己の創造の原点としていく。
 儀式としての慰霊などではなく、文楽が、その芸の伝承の働きそのものが、そうした生ける者と死せる者をつなぐ、私たちの根本的な精神の営みを表わしているのではないだろうか。

森田美芽

 日本では、8月は死者の月である。真昼日の強烈な日差しがじりじりと照りつけ、あえぐ ように家路をたどれば、夕刻の凪の蒸し暑さ。
 命の弱ったものから容赦なく残った力を奪 っていく、残酷なまでの大阪の夏。

 夏祭の起源は、疫病や風水害をもたらす、あらぶる、 祟る神を鎮めるためであった。
 古代には、その神は多くは遺恨を持って死ななければなら なかった人間であった。現代でも、かの戦争での、原子爆弾での、また戦地での夥しい死 を見送った夏。
 そして盂蘭盆会。死者の、祖霊と現世の者が出会い、しばしの交わりを持 ったのち、火に送られてまた死者の国に帰っていく。自らの命の根源に触れる季節である。

 文楽の夏公演を見ながら、そうしたわれわれの先祖の過ごした夏に思いをいたした。
 考 えてみれば、第一部は金太郎という身近なヒーローだが、彼は山姥と武将の間に出来た超自 然的力の持ち主であり、『鼠のそうし』は異類の悟りであり、二部の「日蓮上人御法海」は 中世の死生観というふうに、われわれの日常を超えた力との交わりを扱っている。

 そのな かで、そうした世界に最も遠いように見える「夏祭浪花鑑」が、まるで見えない力に導か れているように、そうした死者との関わりを思い出させた。

 第一部の「金太郎の大蜘蛛退治」では、清之助の金太郎、玉輝の鬼童丸、玉志の源頼光。
 清之助の金太郎は、腹掛けこそしているが、かしらは鬼若、13,4歳であろうか、少年 の持つ力の不思議さ、生命力にふさわしい遣い方。
 玉志も着実で、危なげない。
 玉輝は力 のいるこの場の蜘蛛を、怪異に見せる実力者。文楽を始めて見る子供たちも、この蜘蛛を たった3人であれほど自在に操っていることに驚異の念を持ったに違いない。
 つまり、文 楽における金太郎は、子供向けの絵本にあるほのぼのとした自然児ではなく、異形の力を 受け継ぎ怪異と戦う超自然的なものの系列に置かれることを納得させた。
 三輪大夫、南都 大夫、呂勢大夫、相子大夫、清介、清太郎、清馗、清丈。清々しい床。

 「鼠のそうし」鼠の若様の願いは、人間になること。彼はそのために、自分の正体を隠 して人間の姫君と結婚しようとするが、婚礼の夜、はからずも鼠であることを露呈してし まう。
 それも食欲という、どうしようもない弱さのゆえに。
 性と食、生あるものの宿命、その弱さ。それをどう超えてゆくかが悟りの意義である。
 彼は高野山に向かい、出家を願うが、その先は猫の上人。
 彼は、自分の運命を変えること はできないという事実を、自分と自分の属する者たちの中で、受け止めなおし、承認する。
静かに極楽浄土へと導かれていく。
 一暢の鼠、軽やかにして気品あり。玉也の郎党、ひょうきんな味わい。人形は手堅い出 来である。
 嶋大夫、津駒大夫、貴大夫、睦大夫に団七、清友、団吾、龍聿。劇的な起伏が 少ない、地味な芝居だが、それも子供向けとはいいながら、内容ある舞台を作り出してい る。

 第二部は40年ぶりという「日蓮上人御法海」と「勧進帳」。

 まず「日蓮上人御法海」。貧しさゆえに殺生禁止の区域で魚を捕ったため捕われた漁師勘 作の一家の悲劇。
 今日中に身代金を整えなければ勘作は処刑される。
 そこへ勘作の子を100 両で引き取る話がもちあがる。これ幸いと喜ぶ母、いじらしい倅経市。
 玉一郎がこのとこ ろ子役でも力を発揮し始めたのが嬉しい。
 玉也の本間六郎左衛門、実直な武士の、それで も自分の子のために人をだます悲しみを感じさせる。
 お伝が帰ってきて真相を知った母は 自分の早合点を嘆き、ついに自害する。
 勘寿の勘作母、息子を救いたい一心で、よく確か めもせず孫を犠牲にした嘆きのいたましさ。
 玉女の勘作。人形で死者の雰囲気を出す。一 目で生気がないのがわかる。
 たった一日のうちに、夫も子も姑まで失ったお伝の嘆き。
 文 雀はこうした悲劇の母親像が見事。
 玉男の日蓮上人が出て、それで大団円。水葬の亡骸を鵜がついばむ。題目の奇跡は、今 日では救いとは呼べないかもしれない。だが、人が生きるために他の生あるものを犠牲に せざるを得ない、そして死ねば逆に自分も他の生あるものの糧とされる。生あるものの宿 業。
 昔の人は、そこに慰めを見出したであろうか。
 中、千歳大夫、燕二郎。切、綱大夫、 清二郎。
 さすがに浄瑠璃の骨格を備えた語り。ただ、千歳大夫には、声を大切にして欲し い。

 「勧進帳」太夫と三味線がこれほど並ぶのは壮観である。
 十九大夫、咲大夫、清治は磐 石の構え。呂勢大夫も健闘している。
 文字栄大夫、新大夫、始大夫、咲甫大夫の四天王。 それぞれの持ち味が出ている。
 富助以下の三味線も一糸乱れぬ呼吸。
 文吾の弁慶、玉幸の富樫、紋寿の義経。
 実力派同士の顔合わせで、見ごたえある舞台と なった。

 文吾の弁慶は貫禄、玉幸の富樫は、頑固な忠義者。
 清之助の伊勢、勘弥の駿河、 清五郎の片岡、形よくさわやか。亀次の常陸坊は存在感がある。

 「夏祭浪花鑑」なんと大阪らしい芝居であろうか。なんの超自然的なこともない、市井 の底辺に生きる人々、男伊達という生き方。
 今でいえば極道と思われるが、いささか意味 が違う。
 今も昔も権力に泣かされるのはもっとも弱い庶民だが、それを助け権力と戦うの が男伊達である。
 いまも大阪弁で言うところの「やんちゃ」。彼らには彼らのおきてがある。
 男が立たないとは彼らの世界の恥辱である。それは、恩や義理ある人を裏切らないことで あり、弱い者をいじめる小悪をこらしめることであり、仲間内の義理を守ることである。
 それが、確かに大阪の庶民にとっての一つの美学であり容認された生き方であったのは、 そんなに遠いことではない。
 むしろ今のように、個人が個人だけの力で生きて行けるよう な社会の方がまれであろう。
 そして現代は、お金の力が人の結びつきに代わり、義理も恩 も考えずにすむという点で、こうした生き方は理解不可能になりつつあるのかもしれない。
 外部と内部のない、世間のない、自らの欲望しか見えない現代人のメンタリティーには遠 いものかもしれない。

 「住吉鳥居前」口、津国大夫、弥三郎。津国大夫の語りが心に触れてくる。大阪の下町 の庶民の風情を情深く描く。
 泥臭い、だが庶民の生活感と心情に触れる語り。「江戸を見ぬ 者と牢にはいらぬ者は男の中の男じゃないわい。」という三婦の親父らしさ、お梶の女房ぶ り。弥三郎も手堅い。
 後、松香大夫、喜左衛門。三婦の表現が見事。
 こうした味わいはや はり年功か。
 玉幸の三婦。こうした下町の親父を描いては逸品。一暢のお梶。団七と徳兵 衛をさばく姉御肌のきっぱりしたところが小気味いい。
 こっぱの権、なまの八は勘緑、清 三郎。いきいきとバランスよく遣っていて楽しい。
 大鳥佐賀右衛門は幸助。権力を嵩に来 たいやなやつ、という役どころをうまく遣った。
 文吾の一寸徳兵衛。団七と張り合うとこ ろが若々しい力に満ちている。
 「釣船三婦内」口、文字久大夫、喜一朗。丁寧で、祭りの浮き立つような気分が出てい る。
 磯之丞と琴浦の、すねたじゃれあいが、ほほえましく感じる。「据え膳と河豚汁を食わ ぬは男のうちではないわい。」などと強がるあたりが、いかにもおぼっちゃんである。
 勘寿 がいい味を出している。
 琴浦は和生。傾城といっても、うぶな生娘にも見える。
 三婦の女 房おつぎには紋寿。亭主の気性を飲み込み、下の者からは姉さんと慕われる、しっかり女 房の典型である。
 簑助のお辰。日傘に日差しを避けながら、扇子をゆったり動かす。今回のお辰は、鉄火 と心意気の極道の妻というより、やさしさ、女らしさを併せ持つ面がより強く出ていた。
 磯之丞を預けられないといわれ、三婦に立ち向かう心意気。
 色気があるゆえ義理を欠くか もしれない。
 思い余って鉄弓を顔に押し付ける。
 その一瞬のためらいが、心の震え、この 女の、いじらしさとけなげさを思わせる。そして傷ついた顔を、そっと隠す恥じらいも。
 切の住大夫、錦糸。さすが、こうした世話場を語らせては、右に出るものはない。
 奥を咲 甫大夫、清志郎の若手に取らせ、一気呵成に幕切れへと導く。
 咲甫は人物の変わり、勢い などよく勉強している。あとはこうした世話物の風情をよりよく学んで欲しい。
 「長町裏」。前にこの芝居がかかった97年夏、この場の団七は呂大夫、義平次は相生大 夫であった。その見事さを忘れることはできない。
 文楽は古典。そして古典には、ゆるぎ ない権威と正統がある。
 呂大夫も相生大夫も、その古典としてのあるべき姿の一つを、納 得させてくれた。文楽は、取り返しのつかない人をなくしたのだ、といまさらながら思い 知らされている。
 そして今回、呂大夫の弟のような英が団七を語る。簑太郎と玉女がダブ ルキャストで団七を遣う。
 今、伸び盛りの中堅層の、花ある競演。
 この舞台を聞いて、不思議なことだが、私には、英大夫が、故呂大夫と呼び交わしてい るような気がした。
 今回の英大夫は、4月の又助以来の「男」の表現の集大成のようであ る。
 低く強い男の声で、瞬発力と持久力をもち、男らしさ、耐え忍ぶ強さ、爆発する強さ を表現する。
 そして掛け合いの呼吸、大きさ、幾重にも重なった思いが、彼としての団七 の表現を示している。
 男として侮辱され、出自をけなされる悔しさ、それでも親だからと 必死に耐え忍ぶ。
 そして堪忍袋の緒が切れる、その瞬間の絶妙さ。
 一度はとどまりながら、 「毒食わば皿」となってしまう。

 ゆっくりとしたメリヤスにのせて、スローモーションで 見せるような殺し場。
 「ちょうさじゃ、ようさじゃ」という掛け声と共に、花道からつめ人 形のかつぐ神輿が出てくる。
 まるで、この場面全体が、真夏の夜の夢であるかのような錯 覚を抱いた。
 その祭りの喧騒に紛れ、しかしふと心づく。
 「悪い人でも舅は親」の叫び。
 な ぜこの手にかけてしまったのか。
 祭囃子の焼け付くようなリズムが、暑さが、理性を失わ せる。
 心の奥では願っていたかもしれない、しかしそれを自分の手で、勢いで、犯してし まったという、その悪夢のような瞬間。後悔、戸惑い、恐れ、おののき、それらのすべて が込められた一言。
 それはまるで、英大夫の声が、死者の魂に呼びかけ、亡き呂大夫がそ れに応え、その魂の交流が、彼に新しい団七像を作り出させたかのように思われた。

 義平次の伊達大夫、いまやこの人のほかに、こうした汚れ役、庶民の悪のいやらしさを ここまで表現できる人はいまい。
 義平次を作り出しているのではない、義平次そのもの。

 そして要所要所を決める寛治の三味線。もはや「遊ぶ」ともいうべき余裕の表情。
 こうし た名人に支えられて、英大夫は鮮烈な団七を創造しえた。

 そして人形。玉女の団七は大きさと勢いを、簑太郎の団七は、男の色気と無念をより強 く感じさせた。
 簑太郎の団七は、隅々まで解釈が行き届いており、些細なふりでも団七の 心情を強く感じさせる。
 碇床でのさわやかな登場も、徳兵衛との立引きも、義平次との必 死のやりとりも。
 その刺青の体が、極道の無残さよりも、色気を感じさせる。
 これは、簑 太郎の感性と技術と創造的意欲が作り出した団七である。

 これに対し、玉女の団七は、な によりもその呼吸が、その勢いが団七そのものである。まっすぐに団七という役にはまっ ている。
 そして簑太郎の向こうには、なぜか父勘十郎が重なるように思われた。私は勘十郎の団 七を見たことがない。
 だが、大胆にして細心、隅々まで計算された簑太郎の団七には、父 を受け継ぎつつ父を超えようとする意欲がみなぎっているように思えた。
 そして玉女には、 義平次を遣う師匠玉男が。これが、師匠の弟子に対しての最大の贈り物。
 玉女のなかで、 立役として長年鍛え上げられた技が、力が、師のリードに合わせ、それを受け止め、共に 一つの舞台を作り上げていく。
 玉男の義平次。師匠もまた、愛弟子に伝えようと持てるものを出し切る。
 だが、それ以 上に、簑太郎にも玉女にも、十分に遣わせ、その表現を十分に引き出させる。
 なおかつ自 在に義平次を遣う。
 その中に生まれるものが、彼らの団七を生かしめている、そんな風に 思われてならなかった。

 こうして、文楽の芸は受け継がれてゆくのだろう。
 だが、それだけではない。彼らはも う一度、それを自分の手で受け取り直し、創造し直すのだ。
 彼らを生かしめている命の根 元を、芸という彼らのいのちを。

 死者を越えていく、というより、それを心に置きつつ、 対話し、自己の創造の原点としていく。
 儀式としての慰霊などではなく、文楽が、その芸 の伝承の働きそのものが、そうした生ける者と死せる者をつなぐ、私たちの根本的な精神 の営みを表わしているのではないだろうか。
 そんな思いに心を熱くしつつ、また夏を送る。