カテゴリー別アーカイブ: 美芽の“若”観劇録

その名を呼ぶ日-2025年夏休み公演-

森田美芽

2025年夏の猛暑の日々、千穐楽を無事迎えたことが奇跡のように思われる。息をすることも苦しいほどの暑さで、すべてがどうでもよくなる中で、「文楽を見たい」と切実に思った。舞台の、あの変わらない清やかな空気の中で、しばし現実を忘れたいと思った。

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第二部 名作劇場は、『一谷嫰軍記』「熊谷桜の段」で始まる。靖太夫は詞がよく動くが、地になると不安定になることがある。相模の出のチン、の一撥で、その場を変える勝平の見事さ。
「熊谷陣屋の段」切千歳太夫、富助。
熊谷の出から相模とのやり取りで、次第に核心に迫る問答を続ける二人、その間、そのためらい、藤の方と対決し、物語る熊谷の詞。千歳太夫は大音声をあげるときよりも、こうした緊迫感の盛り上げ方が見事。富助もその強さを抑えて、この三者の間を支える。
青葉の笛の下りから、藤太夫、燕三。首実検の相模の嘆きが身に迫り、弥陀六のタテ詞は今少しの力感が欲しいが、メリハリを利かせ段切れまで緊張感を保った。それにしても燕三の、「十六年も一昔。」の余情の感銘深いこと。

人形では、玉志の熊谷がどっしりと重厚に、亡き先代玉男の型を受け継ぐ。清十郎の相模は、始終藤の方、夫熊谷、主君義経への配慮の中で、わが子の首をいとおしげに抱きしめる、清冽な悲しみの美しさに打たれる。藤の方の簑一郎は気品高く、一輔の義経は、より積極的な性根の表出が欲しい。玉也の弥陀六は持ち役と言える安定感と存在感、勘次郎の堤軍次は爽やかで形よく、玉輝の梶原はもう少し柄が欲しいが、捌きは確か。

『桂川連理柵』六角堂の段。前半、睦太夫が休演して咲寿太夫がお絹、長吉は前半碩太夫が代わり、後半は咲寿太夫に戻る。儀兵衛は南都太夫、三人に清馗が合わせる。
咲寿太夫はお絹をしとやかに、長吉を軽快に楽しく、表現の幅が広がった。睦太夫のお絹は淑やかさだけでなく賢明さがうかがわれる。
碩太夫の長吉は、声もしっかりと健闘したが、少し気になったのは、「お家はん」を「おいえはん」と発音したが、これは「おえはん」なのでは、と思った。それでも急な代役で、これだけ語れるのは頼もしい。南都太夫は短くとも、儀兵衛の性根と人物の軽さをうまく表現する。清馗は世話物の呼吸もよい。

「帯屋の段」若太夫、清介。「柳馬場を押小路」の語り出しから、呉服屋が軒を連ねる町の風景の中に入り込む。その背景に、嫁お絹、母おとせ、儀兵衛、繁斎、長右衛門、長吉、次々と現れる一癖も二癖もある人物が、軽やかに語り分けられる。どこにも無駄な力が入らない、
しかしその詞の運びで、どんな性格かわかってしまう。そしてこの詞が生きるのは、小川嘉昭氏が語られたように、地をじっくり聞かせるので、詞でリアルな人物描写を行っているからだ。その詞の音の確かさと間、お絹が存外強く主張する。儀兵衛の「とぶぞとぶぞ」や「これは大きに憚り様」、「あんまり阿呆らしうて角あるかりゃせんがな」などの呼吸、リズム。
大阪ことばが生きてそのまま現前している、儀兵衛と長吉のやり取りの絶妙さに笑いが自然に起こる。こうした人物が本当にいるのだ、と思わせるほどに。清介もその間を余裕で楽しんでいるように聞こえる。

、呂勢太夫、清治。繁斎の説得、お絹のクドキ、長右衛門の術懐、これらを無理なく聞かせる。さらに「長右衛門さん、おじ様」のお半の呼びかけが切ない。清治は切っ先の鋭さというより、音が深くしみじみと迫ってくる。

「道行朧の桂川」希太夫、小住太夫、碩太夫、聖太夫、薫太夫、清友、清丈、清公、清允。
希太夫は一部の役もあるせいか、特に高音が苦し気だったが、清友のサポート、音色の美しさが光る。
玉男の長右衛門が辛抱立役の色気と中年男の苦悩を描き、勘彌のお半は愛らしい14歳だが、もう一つ長右衛門を巻き込む妖しい色気の表出を。和生のお絹は淑やかさだけでなくしっかりと自信のある主張できる強い女性。勘壽の婆のリアリティが憎めない。玉佳の繁斎は落着きと懐深さを感じる。
長吉の簑紫郎が実に楽しい。この場では長吉の悪の面より阿呆の面が強調されているが、愛嬌と底強さのある阿呆役の動きがいい。儀兵衛は玉助。こうしたチャリ系も、簑紫郎との掛け合いが生き生きと、動きも大きく映えた。

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第三部.サマーレイトショーで、外国人向けに「Welcome to Bunraku!」と銘打った英語解説、「刀剣乱舞」の小狐丸の人形を使った解説とフォトセッションがあるなど、なかなか工夫がされている。
『伊勢音頭恋寝刃』「古市油屋の段」錣太夫、宗助。夏の夜のねっとりした暑さと湿気、その中で涼やかなお紺。錣太夫は手慣れているが、お紺の純情や貢の短気がよく伝わる。宗助の音色は水が流れるように自然に届く。
「奥庭十人斬りの段」芳穂太夫、錦糸。貢が次々と人を斬る必然性が、刀の妖気か、貢の恨みか、夏の夜の魔性か、そのいずれもが感じられる語りと三味線。
このような狂気を演じては右に出る者のない勘十郎。お紺の愛想づかしからの怒り、刀の鞘が壊れてからはぞっとするような狂気のさま。白絣に次第に増える血のりが、実はシールを増やしていると聞いて驚いたが、本当にそれを血と感じさせる力。
一輔のお紺は、やはり遊女というより貞女のさま。簑二郎の万野の憎たらしさと憎めなさ、玉勢の喜助は力強く気風の良い若衆、玉翔の岩次が悪い奴の性根を見せて好演。玉彦は北六で、腰巾着らしい性根。勘彌のお鹿はむしろ可愛らしく見えてしまう。他の斬られ役も若手が健闘して、スプラッタ劇なのに怖いというよりユーモラスに見える。

最後に『小鍛冶』。織大夫が稲荷明神。大声よりも明神の性格を強く出そうとする。玉助が老翁実は稲荷明神で、動きは大きく力強い、若々しい神になった。宗近は睦太夫、紋臣は少し柄が小さく見えたが、誠実で思慮深い宗近。勅使の道成を亘太夫。これは堂々とした語りで、簑太郎がしっかりと場を締めた。
藤蔵、清志郎、寛太郎、燕二郎、藤之亮の三味線が一糸乱れぬアンサンブルで、特に清志郎が印象深く、藤之亮の胡弓もよく効いた。

第三部は多くの外国人客が来場していたが、大半は日本人客である。字幕を英語で出しているが、これには不満が多い。日本語での、すべての詞や地ではなくあらすじを直訳したようで、細かい詞のニュアンスや、実際の演技の意味が十分伝わらないのではないか。刀剣ブームにことよせても、実際の文楽との結びつきが薄く、効果的な解説であっただろうか。文楽という芸能を、外国人に伝える困難が、より一層明らかにされた。
無論、外国の方々にも理解できるようにすることは必要だが、視覚優位な歌舞伎や都をどりなどと異なり、日本語の語り、それも古い大阪弁のニュアンスを伝えることは極めて難しいだろう。当然だが、文楽の日本語の世界は、現代では日本人でも遠いものである。

むしろ文楽の根源的な魅力は、情の世界にある。情を描くことが主題である。それをどうやって伝えるか、そのことにこそ真の課題があると言うべきだろう。

しかしその芸は、高齢の師匠方をはじめ、ほんのわずかな人数によって支えられている。この至高の芸術の一つは、常にその危険性にさらされている。だからいまも私たちは、大阪の誇りと人間の喜びをもってその名を呼ぶ。「文楽は大阪と日本の宝」と。

NEW 三つの家庭悲劇――『義経千本桜』のまぼろし

森田美芽

令和7年4月の国立文楽劇場では、なんと21年ぶりとなる『義経千本桜』の通し。5年前、まだ吉田簑助や豊竹咲太夫が存命であった折の配役を見ると、このお二人の他にも、引退や逝去でなくなった名前のいくつかが痛ましく思われる。しかし、舞台はいま、ここで演じられるものが全てである。だからこそ、亡くなった名人よりも、いま懸命に演じる若手を評価しなければならない。これは同時代に生きる者の義務である。

『義経千本桜』は、二段目、三段目、四段目と、それぞれ主人公も趣向も全く異なるドラマが展開される。その底流に、義経・頼朝の家族の対立がある。その悲劇の連続と、段切れを飾る一面の桜。運命の残酷さと人の情。現実と幻想が美しく交錯し、そこに不思議な高揚を生み出す。三大名作の中でも、特に人気が高いと言われる所以であろう。

 

大序「仙洞御所の段」は若手の修練の場。織栄太夫は精一杯の高音を、碩太夫は詞をしっかりと、 薫太夫は「コレコレ義経殿」の強さ、聖太夫は朝方の悪意を丁寧に。三味線は藤之亮、清方、清允、燕二郎、いずれも健闘している。

「北嵯峨の段」は省略されている。三部制の問題として、どうしても各部の入れ替え時間が必要となる。ここが出ないと、若葉内侍の存在が薄くなってしまうのだが。

「堀川御所の段」藤太夫、燕三。問う川越太郎の詞、続く義経の長い詞のうちに、平家の3人の人物描写、とりわけ「兄頼朝は鎌倉山の」からの身の嘆きに説得力。ここがしっかり効いているので、この後の義経の流浪の意味が底流として全体を貫くのが見える。

アトは亘太夫、友之助。弁慶の短慮と他の人物を対比される、一本気な語り。友之助がその一途さを表わす。

そして川越太郎の、娘を失った嘆きと、あっぱれと誇らしい気持ち。こうした肚を遣うのは玉志。紋臣の卿の君、やや前かがみの姿勢であるからか、やや線が細く見える。玉佳の弁慶の大きさとある意味忠義しか見えない単純さ。

 

二段目、「伏見稲荷の段」希太夫、團七。奇跡は黙って味わうに限る。團七の糸の艶やかさ。希太夫は端正にこの状況の人物を語り分ける。

『渡海屋・大物浦の段』口小住太夫、清馗。中芳穂太夫、錦糸。切錣太夫、宗助。

小住太夫は伸びやかに、清馗の糸は清らかに、やや世話の趣もあるこの場のやり取りを聞かせる。男気ある銀平、情けある女房おりう、このことに涙する義経の労しさ。

「幽霊」とも呼ばれる。知盛の本性を現し、すっくと立った知盛の白銀の装束が凛々しい。おりうは典侍局に、お康は安徳帝に。おそらく、当時の観客をあっと言わせたであろう変化を、玉男、和生の代えがたい存在感と品格。そして安徳帝の簑悠、長時間形を崩さず、健気であり、また究極の権威を体現する難役をよく遣った。芳穂太夫と錦糸は何よりこの世界の変化を表現した。

錣太夫はこの格を求められる長丁場、特に典侍局の品格、安徳帝を守る気概をよく示した。知盛の最後に至る過程、特に安徳帝の変化に対する知盛の心情が、伝わりにくいところだが、これも天皇を絶対とする姿勢とすれば納得。一か所、やや世話に流れたように感じたが、品格の内に情を保ち、知盛の矜持をよく伝えたと思う。

前半、銀平、おりう、お安による疑似家族は、後半に安徳帝とそれに仕える典侍局という女官、安徳帝を供奉する平知盛という正体を現し、知盛が義経に返り討ちにあった時、その絆は崩壊する。安徳帝は知盛にとって、平家の再興のための手段にすぎなかった。典侍局は安徳帝を守らなければならないはずが、守ってくれる知盛がいなくなれば、局は安徳帝を源氏方に引き渡すよりはと死を選ぼうとする。そこで義経が帝を奪うと、知盛は帝を供奉するという名目もなくなり、潔く大物浦に身を投じる。それぞれが自分の利益のためにと集まった疑似家族はその名目が失われた時に崩壊する。残された安徳帝は、この後、どうなったのだろうか。帰るべき家族はもう彼女にはないのだ。

第二部、三段目「椎の木の段」咲寿太夫、團吾。

嵐の前の静けさ、というか、田舎の平和な日常、紋秀の小仙は健康な田舎娘がそのまま女房になったような可愛らしさで愛想よく振る舞う。玉征(後半勘昇)の生き生きした子どもらしさ。そこに現れる奇妙な一行。咲寿太夫は場の雰囲気にふさわしく、やりすぎず人物を描写し、團吾は手慣れた優しさ。奥は三輪太夫、清友のベテランコンビ。権太の語りに凄みがあり、それでいて息子には弱い、そんな人物像を伝える、清友の糸にほっとする。

「小金吾討死の段」津國太夫が小金吾で、若々しさよりも忠義を聞かせる。内侍の南都太夫は不安気だが、弥左衛門の文字栄太夫が、腹に一物の性根を聞かせる。薫太夫は子どもから中年まで、きちんと語り分ける姿勢。清丈が本当に頼りになる。

「すしやの段」前呂勢太夫、清治。三下がりの、春ののどけさと不穏な雰囲気が綯い交ぜの弾きだしから、リズミカルに鮓屋の店先の風情、母と娘、すでに婿のように接するなかに、権太の登場。母を騙して金を手に入れようとするが、「しゃくりいいいあげても」がやや長いのはどうしてかと思っていたら、その後の弥左衛門との対話の後、お里との同衾を拒む述懐までで、後半に渡す。だがここまでの詞の捌きのうまさ、わけても弥左衛門の「私めは平家御代盛の折から。唐土硫黄山へ。祠堂金お渡しなさるる時音戸の瀬戸にて船乗りすへ。三千両の金分け取りにいたした船頭」がしっかりと響いている。これを若太夫、清介がしっかりと受け止め、後半のドラマとなる。

「神ならず仏ならでは」と、思いがけない若葉の内侍と六代君との再会。しかしお里とのさや当てのような緊張感の後の、お里のいじらしいクドキ。そこへ梶原の襲来と、兄の権太が敵となる家族の葛藤。そこへ敵の登場。若太夫はこの梶原に対する権太の詞が面白い。金のためなら親をも売り、権力に媚びるいやらしさ。なのに権太は、名残惜し気に女と子どもを見やっている。弥左衛門が、息子に刃を向ける。刺し貫く。甘いはずの母さえも、「コリヤ天命知れや不幸の追、思ひ知れや」とまで言う。弥左衛門の「三千世界に子を殺す親というのは俺ばつかり」の痛ましさ。そして権太が、維盛一家を呼び出して自分の本心を吐露する、自分の過去を悔い、再び家族の絆を取り戻そうとする、そのために妻と我が子を身代わりに差し出した、その思いのたけが悲痛である。
そして段切れに、断末魔の権太をおいて若葉の内侍らの供をしようとする弥左衛門の詞、「エエ現在血を分けた倅を手にかけどう死に目に遭はれうぞ。死んだを見ては一足も歩かるるものかいの。」ここに、この三段目の悲劇のエッセンスが集約されている。元はといえば、父弥左衛門が盗賊であったという前身に、その罪を許してくれた平重盛への恩報じのために、維盛を助けようとした。しかし自分の罪の故に、息子は悪者となり、その息子の回心のために、嫁と孫も失い、いままた息子を失おうとしている。全ての原因は弥左衛門自身にある、その因果が、家族を引き裂き、喪わせている。これほど深く救いようのない家庭悲劇があるだろうか。弥左衛門は自分の過去を呪っただろうか。維盛が供養すべきは、父にまつわるこうした人々の人生なのだと思わされる。

若太夫の語りが、その悲劇の深さに気づかせてくれた。これまでは、権太を中心に、彼の親子関係を回復したいという思いが生んだ家庭悲劇と思っていたが、弥左衛門こそがこの悲劇の中心にあった。それらの人物一人ひとりを描きながら、なおこの主題を結びつける清介の糸の見事さ。この骨太の弥左衛門像を構築した玉也、そして気丈な母を遣った勘壽。それがあればこそ、権太の悲劇が生きる。玉助は権太の悪さを強調し、妻子を見送る眼差しに本音を見せる。清十郎のお里は、前半は恋する娘で、出てきただけでぱっと舞台が華やぐ美しさと、後半は身分違いを知りながらその思いを断ち切れない辛さも。苦しむ権太の蔭で、ほとんど語りには出てこないが、兄を案じ、父母を気遣い、それでも高野山に向かおうとする維盛への眼差しに、断ち切れない思いを滲ませる。勘彌の維盛が、どこか他人事のような超然とした風情で、玉勢(後半簑紫郎)の梶原がしっかりと敵わない悪を演じ、簑紫郎(後半玉勢)の主馬小金吾の前髪の凛々しさ。簑一郎の若葉の内侍は控えめな美しさで、玉延の六代君も身分を感じさせる。

第三部、四段目「道行初音旅」。これまでの暗鬱たる気持ちを忘れさせるような、しばしの幻のような華やかさ。藤蔵、清志郎、寛太郎、清公、錦吾らの一糸乱れぬフシオクリの旋律、碩太夫の「したひゆく」で紅白幕が切って落とされ、一輔の静御前がこちらを向く。馥郁たる花の装い、そして勘十郎の狐忠信。見台抜けで登場し、満開の花の下、静と二人での八島の合戦の物語。一輔の静は、扇を刀に見立て、戦いを再現する。その大きさ、決まりの鋭さ。武士の忠信に、凛として向かい合う。静は織太夫、忠信は靖太夫。織太夫は「それより吉野にまします」の矢声に苦しみながらも裏には逃げない。靖太夫は低い音が続くと膨らみに欠ける。全体としてもう少し厚みがあればと思った。

「河連法眼館の段」中睦太夫、勝平。武将同士の争い、義経の短気さ、勝平の強さが生きる。睦太夫は「八幡山崎」の節が懐かしく聞かせる。

切、千歳太夫、富助、ツレ燕二郎。静の詮議から狐の独白の長い語り、それも狐詞をじっくりと、なぜこの鼓なのかと、親に孝行が尽くしたい、との一途な思い。「暗示過ごしがせかるるは、切つても切れぬ輪廻の絆、愛着の鎖に繋ぎ留められて肉も骨身も砕くるほど」と、なぜここまで親に孝行がしたいのかと思えるほどに。

だが、その語りの力を超えていくほどに、勘十郎の狐忠信は、舞台を縦横無尽に動き、最後は宙乗りで桜の空を飛び去っていく。おそらく多くの観客は、陶然として、その動きに魅せられ、何もかも忘れて舞台に見入ってしまう。

でも、この感覚はなんだろう。四段目は明らかに狐が親子の情を人間以上に持っていることを示している。でもなぜここまで親狐を追うのだろうか。
ある意味、それは得られなかったからこそ、自分が子狐のうちに親を失ったという喪失から、かえって理想的な家族を求めずにおれない。喪失から始まる家族愛。その必死さが、初音鼓を与えられたことで、狐の一家は再構築されたのだ。だが、義経にとっては、親を失い兄との対立には和解が遠い。人間の家族としては、やはりその傷は癒されてはいないのだ。
だがこの場では、まさに狐に幻惑されて、物語が良いように終わるかのような幻想を抱かせられる。それも勘十郎の圧倒的な狐忠信の力量によるものである。初役の一輔は、最初、緊張でどう動くか、まだ自信が持てないように見えた。だが中日以降、吹っ切れたように自分の動きを出せるようになった。それでも、まだ静本来の、コケティッシュな魅惑的な輝きには届いていない。それが静という役の難しさと思う。簑二郎の義経は、品格よりも短気さが前に出る。玉誉(後半簑太郎)の亀井六郎は力強く野性的な魅力、玉彦(後半勘介)駿河次郎は検非違使かしらの凛々しさ。文昇の代演で文哉が佐藤忠信を律儀に使う。

今回の『義経千本桜』は、そうした狐の幻惑に陥りながら、その向こうに様々な家族の崩壊が透けて見える、時代物の本格的な構成と人物配置の上に、人間悲劇を個性的に語る、その両者の調和を強く感じた。この後、何年後に、再びこの通し上演が巡ってくるのだろうか。その時はこの幻惑を再び感じるのだろうか、それとももっと違うものが見えてくるのだろうか。

『妹背山』、百花繚乱――2025年2月東京公演

森田美芽

 東京では久しぶりの『妹背山婦女庭訓』の通し。序切が省略され、この物語最大の敵である蘇我入鹿の本性を十分示せていないことが残念だが、舞台の成果は素晴らしいものだった。

妹背山女庭訓

一部「小松原の段」から。安定の三輪太夫の久我之助が爽やかに、咲寿太夫の雛鳥は恋を知り染めた初々しさ、南都太夫の小菊はよく動き、楽しいお福。文字栄太夫は桔梗で控えめながら存在感を出し、津國太夫の玄蕃は愛嬌ある敵役。團吾は一人ひとりの弾き分け、状況の転換が鮮やか。背景の若草山と紅葉の風情。久我之助が采女の逃亡を助ける事情を見せて、「蝦夷子館」での入鹿の本性と大判事の降参を飛ばし、いきなり「太宰館の段」へ進む。その間の時の経過、事情がわかりにくい。

希太夫、團七。すでに89歳となった團七師匠がこうして無事に舞台を務めておられることがただ嬉しい。しかし、これは文楽の三味線の現役最年長記録ではないだろうか。
そして希太夫、時代物の格を意識しつつ、過剰な感情移入を戒めながら、大判事、定高、入鹿の三人の語り分け、性根の確かさ。そして入鹿の大笑いも、自然に盛り上がる語り。

入鹿を遣うのは玉佳。この場で入鹿の悪の大きさをしっかりと示し、玉誉が注進の動きを的確に捌く。

「妹山背山の段」口切りは背山、久我之助の藤太夫と清志郎。「古の神代の昔」という語り出しの荘重さ、清志郎ははっとするような音の密度。続いて妹山の雛鳥は呂勢太夫、清治。雛祭りのしつらいであるが、背景は桜の山々である。吉野川を間に、顔と顔、思いと思いを通わせながら、手を取り合うことのできぬ二人。「心ばかりがいだきあひ」の掛け合いが心に響く。
それにしても、久我之助の冷静さ、落ち着きはどうだろう。勘弥がその性根をわきまえてしっかりと遣っている。藤太夫は芯の有る若者と、的確な人物造形である。対して呂勢太夫の語る雛鳥は、ひたすら一途に久我之助を思い慕ういじらしさ。清治はむしろ俯瞰するようにこの恋路の困難を漂わせる。しかし簑二郎の雛鳥は、前半に少し動きが安定しなかったように見えた。定高の出からは落ち着いて美しい形に決まった。簑紫郎の腰元小菊が舞台を和ませる。

大判事と定高の、互いに子に向かい合う姿勢。錣太夫は「女子の未練な心からは我が子が可愛うてなりませぬ。その代はりにお前の御子息様の事は真実何とも存じませぬ」という詞に、すでにその逆の思いがあることを感じさせた。この場の和生は微動だにせずその覚悟を語る。
対して玉男の大判事も、その肚を見せなくとも、「この国境は生死の境」で、すでにその覚悟を感じさせる。そう、大判事の肚がしっかり型として消化されているのだ。そして何より、大判事の若太夫の語りの劇的構成が見事。
「涙一滴零さぬは武士の表。子の可愛うない者が凡そ生ある者にあらうか。…倅が首を切る刀とは五十年来知らざりし」という嘆きの果てに久我之助の切腹を見守り、「花は三吉野侍の手本になれ」と励ます父としての造形。そして互いの子の潔い死を知って、「一時に殺したは未来で早う添はしてやりたさ」と二人を思う親の思いを語り、「吉野川いとど漲るばかりなり」と、溢れんばかりの子への思いを爆発させる。

ここで若太夫は、大判事を、二人の若者が忠臣貞女の道をたどると予測しながら、なんとか助けたいという思いも届かず、結果として二人が死をもって真実を通す、それを覚悟し、受け止める肚の人物であることを描いた。
武家の誇り、父性の強さ、それ以上に、この場のすべてを理解し、そうなると知りつつ、二人の運命を止めることができない無力さと、入鹿への心底よりの怒りを秘め、父として二人の首を抱く、クライマックスに向けてのドラマを見事に造形したと言える。

後半の三味線は、妹山の藤蔵が、強くしなやかにこの後室を支える如き糸を奏で、清公の琴は哀切極まりない。清介はこのドラマを背後から前から支え、大判事の肚をさらに深く、この悲劇の全体を描き出す。
第二部二段目。地味な扱いを受ける段だが、演者の好演でその面白さ、物語の仕掛け、何より物語全体の骨格を表した。

「猿沢池の段」を亘太夫、寛太郎。響きが上に広がりやすい会場で、亘太夫はしっかりとした第一声で物語に導く。寛太郎の澄んだ高音がさらに残響となって広がる。

「鹿殺しの段」薫太夫、清方が簾内で。薫太夫は声が素直に伸び、清方は忍び三重に怪しさを漂わせる。

「掛乞の段」小住太夫、清丈。小住太夫は肚強く、このユーモラスな一段を楽しませる。大納言や米屋を生かして語れる。清丈は詞のリズムを生かす三味線。

「万歳の段」芳穂太夫、錦糸、ツレ清允。「姿は地下に落ちながら」がこの場の全体を表すよう。帝の思い違いを言いくるめる淡海、無茶な仰せに咄嗟に万歳を演じる芝六、三作親子、このアンバランスの中に、芝六の悲劇と鎌足の予兆を示す重みを、芳穂太夫はじっくりと腰の据わった語り。錦糸はこの場の危うさをそのまま糸に乗せる。

「芝六忠義の段」切千歳太夫、富助。富助の、この一家に迫る悲劇を予感させる、夜の迫りくる足音。明け六つへ向けて、夫婦で異なる苦しみを募らせる。鐘が一つ鳴るたびに、身を引き裂かれる辛さ。千歳太夫は複雑に重なり合う親子と夫婦の思いを見事に積み上げ、鎌足の登場へと導く。芝六の酔態、お雉の痛み、「嬉しいも六つ、悲しいも六つ無量のもの思ひ」を体現する語りのスケール。

勘壽、盲目の天智帝の哀れさと目が開いた時の気品。この人の芸の引き出しにはどれほどの芸の形が詰まっているのだろう。こうしたベテランの名人芸を見ることのできる喜び。玉助の芝六、忠義厚い男の魅力。特に我が子の杉松を忠義の証に殺すためらいに、この人の人間らしさを示す。女房お雉、清十郎の情ある優しさ。全身で嘆き、三作が助かっても、じっと杉作を抱きしめているその姿。勘次郎の三作がこの段の要役。分別と潔さ、子どもながら天晴れ。玉輝の大納言兼秋はユーモラスな良い味わいで、勘市の米屋新右衛門は商売人らしい抜け目なさ。和馬の杉作はいたいけで哀れ。興福寺衆徒は文司が休演で文哉が代演だが、文司の無事な復帰を心より願っている。鹿役人の亀次、この人はもっと評価されるべきといつも思う。鎌足を玉也。孔明かしらにふさわしく、入鹿に対抗する唯一の存在である。采女の紋臣、やはり天皇の思い人らしく、おっとりとした気品を出してよいのでは。

第三部四段目「杉酒屋の段」から始まる。睦太夫が清友に力を得て語る。七夕の宵、娘お三輪の願いは烏帽子折求女と結ばれること。紅白の苧環の鮮やかさ。それが三人の恋の争いになる。この場だけではわかりにくいが、子太郎がいい味を出している。お三輪の母の悪だくみを阻止する役割になっている。

「道行恋苧環」呂勢太夫、織太夫、小住太夫、織栄太夫、宗助、清馗、錦吾、藤之亮。橘姫の高貴とお三輪の町娘らしさ、五分にぶつかり合うその間の求女。

「鱶七上使の段」口、聖太夫、燕二郎。聖太夫は衒いなく言葉が前に出る。言葉遊びのやり取りもうまくこなしている。燕二郎も危なげない。

奥靖太夫、勝平。靖太夫は声の調子が悪いのか、それでも最後まで、大笑いも含め語り切ったのはさすが。ただし、靖太夫にとっては、大きな場を語るために避けて通れない試練であるから、ここを突破していくことを期待する。勝平は久々に、彼らしい大きさ、劇的な起伏を支える力を遺憾なく発揮した。

「姫戻りの段」碩太夫、友之助。碩太夫は抜擢に応え、橘姫と求女の実像の凄まじさに迫る語り。友之助の糸の色鮮やかさ。

「金殿の段」織太夫、燕三。故咲太夫を彷彿させる、スケールの大きさと強さ。笑いと、お三輪の戸惑いと、いじめの哀れからの疑着の相を表し金輪五郎に討たれるまでのドラマの起伏を演じきったのはさすが。時折大音声にこちらが驚くほど。燕三が心得てリードし、緩急を刻む確かさ。

四段目は勘十郎のお三輪に尽きる。町娘の生き生きとした愛らしさが、恋する女の強さになり、高貴の女とも対抗し、利用されているとも知らず、一途に男を追う。
このお三輪なればこそ、その怒りが疑着の相を表し、鱶七の手で犠牲にされるという運命の女であることも納得できる。そして二段目の爪黒の牝鹿の血とともに、超自然的な力を生み出すという奇瑞も。今回はいじめの場面はいささかおとなしめであったが、それでもお三輪の哀れさに観客が同情し共に感情を高めていく。共鳴する舞台。うまいとか下手だとか、そうした評価を忘れさせる時間を作り出す。
玉勢の淡海は、色気はあるが女を利用するしたたかさ、腹黒さの表出をさらに深めてほしい。玉翔の子太郎は好演。一輔の橘姫は十分な持ち役。簑一郎のお三輪母は、「井戸替」の活躍を見たかった。文哉の玄蕃は権威にへつらう小悪、紋秀の弥藤次はよく背の伸びた形の良さ。玉志の鱶七実は金輪五郎の大きさ、大胆さを表しびくともせぬ立役の強さ。文昇の豆腐の御用、もちろん芝居気たっぷりに、可愛いお福である。

通しで上演する意義。それは物語世界の全体が見通される中で、それぞれの役や段の性根が見え、それにふさわしい表現が作られていくことであり、一人ひとりの技芸員が、その役を忠実に果たすことを通して、全体を通して芝居の面白さを作り出し、見る者も作る者も、その世界の一員となることだ。特に近松半二の時代物は、小さな嘆きから大きな政変に至るまで、断片を積み上げ、繋ぐ中に、驚くような仕掛けが見えてくる。その全体を創ることが、末端の一人まで重要な意味を持って働く文楽の世界にこそふさわしい。

会場は品川区区民センター「きゅりあん」と文京区シビックホール。どちらも公立のホールとしてはやや大きく、2階席があったり(実際は使われなかったが)響きの設計が洋楽のそれであることに違和感を持った人もいるかもしれない。これが本来の国立劇場で行われないことの痛みは残る。文楽の流浪は続く。様々な困難を彼らに負わせるだけでいいのか。この国の宝というべき芸能を受け継ぎさらなる高みを求める人々に対し、ふさわしい遇し方と言えるのだろうか。多くの方の思いと共に、一日も早い国立劇場の再開場を望む。

 

「野崎村」の謎――2025年1月

森田美芽

なぜ「野崎村」でおみつは、尼になるという決断ができたのか。

『新版歌祭文』はお染久松ものの代表で、近松半二の作。
お染久松の悲劇を題材にした物語は先行の菅専助『染模様妹背門松』などの趣向を取り入れながら、全く異なる世界を作り出している。その鍵となるのが「おみつ」という一人の少女の存在である。

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『染模様』では基本的に、お染と久松は愛し合っているが、親たちは義理ゆえにその恋の反対し、二人もその義理ゆえに心中にいたる。二人を取り巻く人物は、お染の許嫁山家屋清兵衛は男気ある抜け目ない町人、お染の母や父も娘を思い順々と道理を説く。久松の養父久作も革足袋で久松を諫める。善六はお染に横恋慕して破滅する三枚目。こうした設定を転用しつつ、全く異なる人物造形が展開される。その細かい心理描写が、詞の端々に伺われる。分けても驚くべきは、「おみつ」という少女の造形と、三角関係の設定である。

「座摩社の段」三輪太夫、津國太夫、文字栄太夫、南都太夫、咲寿太夫、亘太夫、清友。

山家屋佐四郎はここではお染にぞっこんで、その弱みに付け込まれ、小助や山伏法印にも騙される。とはいえ大家の主人であるから、無駄金は使わない。こうした中年の危機と世慣れた感覚を南都太夫が、騙して金を巻き上げる小助の故悪党ぶりを三輪太夫が、リアリティで自然に笑いを呼ぶ。いい加減な占いを神妙に語る法印の津國太夫のおかしみもいい。
もう一人、南都太夫が音程を変えて、悪を企みながらころっと騙される弥忠太、だはの勘六を津國太夫が、岡村金右衛門を亘太夫が、この三人のコンビネーションで、誰が本当の悪人かと笑わせる趣向。それに対比させるように、お染の咲寿太夫と久松の亘太夫は、幼いと思われるほど純粋に思い合っている。咲寿太夫も娘の発声が安定してしかも深まった。亘太夫は男の強さの中に若々しさを表現できている。清友が時に楽しく、時にリズミカルに、時に神妙に、この場の全体を支える。ここは現代の大阪を見るような感覚。

「野崎村の段」中、希太夫、清志郎。「花も時知る野崎村」から、前の段とは一転してのどかな田舎の風景になる。おみつが登場し、病の母を労わる思いも、久作の義理堅さと小助に立ち向かう強さも、小助が前段と変わってふてぶてしいのも、その雰囲気を感じさせる詞の動き。清志郎は粋な感さえある、こうした世話物の柔らかさを聞かせる。
そして端場の終わりの方に、「我らはまた頭を丸め参り下向に打ちかからうと、頼み寺へ願うて袈裟も衣もちやんと請けておいたてや」の一言を不気味に耳に残している。ここではおみつに祝言をさせるとめでたい話であるはずなのに、私も初めてここが耳に残った。

玉路の祭文売りがうまく芝居に惹きつける。簑一郎の小助、前段からの性根をうまく継続している。

、織太夫、藤蔵。「後に娘は気もいそいそ」からの、うきうきしたおみつ、そこへ不安そうに現れるお染。おみつに拒まれ、「コレコレ女子衆、さもしかれどもこれなりと」と香箱を差し出す。無意識に相手を下に見ている。それも、相手が誰であるかもわかっていない。おみつの方は久松の事件と恋について知っているのに、無関心というよりも、彼女は自分の思いと久松しか見ていないことがわかる。
だからこそ、前半のおみつは明らかに敵意を見せる。単純に恋のライバルという以上に、身分違いとでも言おうか、まともに勝負すればお染にはかなわないとわかっている。だから久松を遠ざけようとするし、久作に灸をすえる時も、外ばかり気にしている。そして久松も、久作も、お染に気づく。

織太夫のお染のクドキの見事さ。「二人一緒に添はうなら飯も炊かうし織り紡ぎ、どん貧しい暮らしでも」こうした詞を言えるのは、やはりお染が忠義やお主への義理よりも、久松への思いだけしか見ていないのがわかる。そして久松も「ハアたつて申せば主殺し。命に代へてそれほどまでに」と、彼にとってはやはり主筋への義理や慮りがあるのに。

「悪縁」で切っての若太夫、清介に渡す。ここではまず、久作の二人への諄々と道を説く、それも父として、お主に対する義理をも。お染に対しては、久松が非難されるのがこの世間の常、と道を説く。これは『染模様』の逆である。
『染模様』ではお染の方が、山家屋に嫁げば、世間は自分を欲のために久松を見捨てたと噂するだろうと言っている。だが「野崎村」のお染はそれすら気づかない。ひそかに久松と、添われなければ死ぬ、という黙約を交わす。

再登場するおみつ。先ほどまでの感情丸出しの動きと逆に、明らかに空気が違う。そしておみつが髪をおろし出家したことに気づいた久作は、自分が良かれと思ってしたことも、逆の結果になってしまったことを嘆く。

「死なしやんすを知りながら、どう盃がなりましょうかいの」。そのおみつのクドキの中の一言、「母様の病、どうぞ命が取り留めたさ」この一言が若太夫の口から発せられたとき、初めてのような気がした。これまで何度も見て、聞いてきたのに、どうして気づかなかったのだろう。初めて、端場で語られたあの袈裟の由来と、ここが繋がった。
おみつが身を引いたのは、お染に恋を譲ったのではない。自分が久松に執着した結果二人を死なせれば、その悪の報いは母に向かうかもしれない。素朴だが、昔の日本人の道徳意識、つまり悪を犯すことはその悪の報いを受けることになる。だから、そうした状況を見れば、「野崎村」のお染の純情と、おみつの献身が実に純粋なものとして迫ってくる。

この場では終始、上手の襖の向こうに、姿を見せない婆がいる。おみつは終始上手を意識している。病の篤い母に心配をかけまいとしている。最初お染に嫉妬していたおみつは、尼になって身を引くという、 辛い決断をする。迷いはなかっただろうか。でも、それしか久松と母、二人の愛する人を救えないとなった時の、少女の潔さ、強さが胸を打つ。この清十郎のおみつの造形の見事さ。
お染の紋臣は、ゆったりと町家のお嬢様の悪意のなさ、純粋さを見せる。文昇の久松、品はよく、気後れしがちなところも。和馬が下女およし。短くとも確かな存在感を持っている。油屋お勝に勘壽。そこにいるだけで、御寮人様の貫禄を漂わせる。これにはお染も従わざるを得ない。玉也の親久作、細やかな配慮、親として道を説く、娘への思いと嘆き、この久作の動きあればこそ、おみつもお染も説得力があるのだと感じた。

段切れ、華やかな三味線に乗って、船頭の楽しい動きがある。今回は川に落ちる演出ではなかったが、簑太郎は楽しく見せてくれた。ツレ弾きは清方。最近、最初は彦六系のチリツン、二度目は文楽系のチリチリツンと弾かれる。「舟と堤は隔たれど」と、駕籠屋の二人、玉延と簑悠の足拍子の小気味よさ。年の内の春だから、寒さの中にも僅かな光が見える、梅の香がかすかに届くような、そんな感覚を覚えた。

第二部は、昨年11月の 『仮名手本忠臣蔵』の続きの八、九段目に当たる。

「道行旅路の嫁入」は呂勢太夫、靖太夫、碩太夫、聖太夫、織栄太夫、三味線は清治、清馗、友之助、清公、清允。戸無瀬が和生、小浪に簑紫郎。

八段目の道行は、こんな哀しい道行だっただろうか。本来なら喜びに溢れる嫁入りが、先行きもわからず供も連れず駕籠にも乗らず、ただ一縷の望みにすがって、長い旅路を女二人で歩んでいく。この戸無瀬と小浪は、姉妹のようにも見え、京が近づくにつれ、思いが高まってくるよう。

九段目「雪転しの段」は睦太夫、清丈。「風雅でもなく、洒落でなく」の難しさ、笑いではなく後に来るものの深刻さを僅かに匂わせる難しさ。ここは睦太夫も清丈も健闘しているが。

「山科閑居の段」切千歳太夫、富助。後藤太夫、燕三。
「人の心の奥深き」の重く、ずっしりとこれまでの全ての苦衷と嘆きをのみ込んだような一段。お石の、 加古川本蔵への恨み、何とか娘の幸せを願う戸無瀬、黒と赤の激しい戦いに、純潔無垢なる小浪の白。父本蔵の、娘のために婿の手にかかるという情愛。
前半の、戸無瀬が娘に覚悟を迫り、小浪が凛として自分の覚悟を述べる、その詞の端々に、武家の誇りと娘への愛を滲ませる見事な語りを聞かせる千歳太夫と、その思いに呼応する富助の糸の繊細。後半は本蔵の娘への思いを語りをリズムに乗せて聞かせた藤太夫、燕三。そしてここに和生、勘十郎、玉男の三人の人間国宝が顔を揃える。

玉男の由良助。雪の遊蕩の名残の色気から、後半の本来の力まで、格と風を伝える大きさ。

力弥は玉勢。若武者の潔さ。 加古川本蔵に勘十郎。肚のある、それでいて娘への思いを十二分に伝える。対する戸無瀬の和生と、ここで人間国宝三人の顔を揃えるが、いずれも格負けないようにということか。簑紫郎の小浪は愛らしく清らかだが、もう少し強さが欲しい。一輔がお石、前半の恨みを述べ戸無瀬をはねのける強さと、後半の嫁への思いやりを十分に描く。この人の成長が大きい。

第三部、今回の『本朝廿四孝』は、後半の見せ場である「十種香の段」「奥庭狐火の段」が中心。でもそこに至る経緯を付けている。

「道行似合の女夫丸」濡衣は睦太夫、勝頼は希太夫、亘太夫、薫太夫。三味線は團七、團吾、錦吾、燕二郎、藤之亮。ここは恋人同士の道行ではない。全体にやや物憂げであったり、怪しげであったり、團七が元気でリードするのを見る頼もしさ。

「景勝上使の段」靖太夫、勝平。ここで長尾謙信に、息子の景勝が上使として遣わされる。そこに花守り関兵衛と花作り簑作が現れる。この背景の複雑な人物関係を、靖太夫が凄みを効かせ、勝平が手強く支える。

「鉄砲渡しの段」小住太夫、寛太郎。ここも謎めいた一段。小住太夫が関兵衛と謙信の腹に一物のやり取りを印象的に語る。寛太郎は安定して聞かせる。

「十種香の段」切錣太夫、宗助。八重垣姫の恋心と濡衣の、ここに至る複雑な人間関係を匂わせながら、なおも恋する相手しか見えない八重垣姫の一途を、実に丁寧に語り伝える錣太夫、宗助。

「奥庭狐火の段」芳穂太夫、錦糸、ツレ友之助、琴清允。そして八重垣姫は、父の陰謀を阻止するために、追手より先に勝頼に追いつこうとする。諏訪法性の兜の奇瑞が起こり、姫に白狐が力を与え、人を超えた動きをする。どうしても人形が主役と思われる場面だが、芳穂太夫は丁寧に、八重垣姫の情熱、そこからの狐憑きへの変化を内面から表現する。錦糸がこの奇瑞の前の怪しさ、狐が主体となるような激しさを聞かせる。
簑二郎の八重垣姫は、品よく美しいが、この場で超自然的な力を受ける不思議、激しさを十分に表出しきれてはいない。勘彌の濡衣が、夫を奪われた者の翳りをたたえる美しさ。玉助の簑作は若男の色気十分。玉志の謙信は柄大きく一筋縄でいかない曲者。景勝は玉佳でこれも底ある武将のふてぶてしさ。関兵衛は玉輝で、謙信と対抗する強さと老獪。勘次郎の白須賀六郎、玉彦の原小文治、若々しく力強い。

以前は正月には人が死なない演目、と言われたが、それは文楽では難しいものの、やはり全く異なる世界を持つ三つの作品というのは、どうも座りが悪い。
そして初春公演であるにも拘らず、寒さが影響したのか、三部の入りが寂しかったのはやはり残念である。国立劇場のこれからが見通せないいま、唯一、文楽を専門とする劇場での公演は、このままでいいのだろうか。

公演後、研修第33期の発表会を拝見した。先輩たちに支えられ、精一杯舞台を勤める、太夫1名、人形遣い1名。なかなか良い資質を持つと見受けられた。どうか彼らが希望を持ってこの世界に入ることができるように、そのために日本芸術文化振興会の責任は重い。

「陣屋」の虚実のはざまに―2024年12月 国立劇場(江東区文化センター)公演―

森田 美芽

 国立劇場が閉場して早や1年、東京での文楽公演は、毎回異なる劇場で、しかも場合によっては一つの公演を、場所を変えて実施する。「令和の大巡業」は、あたかも「その行くところを知らずして」故郷の地を離れたアブラハムのように、いつ、どのように国立劇場が再開場されるかの見通しすら立たないという異常事態の中で、それでも彼らは今日も懸命に舞台を勤めている。

井上ひさし

1部は景事と新作という珍しい演目の並び。

『日高川入相花王』清姫を希太夫、船頭を咲寿太夫、南都太夫、文字栄太夫。三味線、團七、團吾、燕二郎、藤之亮。人形は紋臣の清姫、玉翔の船頭。希太夫はやや高音が苦しそうだったが、それでも清姫の情熱はしっかり伝わる。咲寿太夫は低音がより自然になり、船頭の野卑で己が利益を第一とする性格づけも明確に。そして両者の掛け合いが、見事にその物語を立体的に描き出していたのは見事。團七以下、三味線のダイナミックな表現が、清姫の心情と蛇体への変化にかぶさり、短い一場がこのドラマの世界全体を集約したように見えた。

『瓜子姫とあまんじゃく』千歳太夫、富助。ツレに錦吾、清允。これはかつて木下順二の作品を武智鉄二の企画により文楽の演目としたもので、初演は越路太夫と二代喜左衛門が手掛け、喜左衛門は作曲も行っている。全体的に口語でしかも方言だから、通常の義太夫節の語りの感覚と異なり、特に物語自体に不可解なところがあり、ドラマとしてどう成立させるかが難しいところ。義太夫節としては、詞よりも地の解説部分が長く、詞と地が繋がっているように思われる。ファンタジーとして見れば、千歳太夫のリアルさや詞の魅力がやや削がれるような気がする。ただ富助もともに、「ドジバタドジバタ」「ドッチャライバッチャライ」のユーモラスな表現、わけのわからない恐怖の迫りなど、十分に楽しませた。あまんじゃくの玉佳が好演。玉彦の山父は得体の知れない怖さを出し、紋吉の瓜子姫は愛らしい。

『金壺親父恋達引』モリエールの『守銭奴』を基に井上ひさしが文楽のため翻案した

作品。「野崎村」や「酒屋」のパロディを入れるなど、さすがに義太夫への造詣が、と思わされる。そして楽しい。藤太夫の金左衛門の強欲さがむしろユーモラスに感じられる。靖太夫は万七、徳右衛門などの年齢を問わない男の表現にも巧み。
亘太夫はお高やお舟など、女の表現が意外によい。様々な役の表現力がついてきている。碩太夫は声は出ているが、一本調子になることがある。燕三、清丈、清公は喜劇も楽しく盛り上げる。
簑二郎は金右衛門の金への執着が、逆に愛嬌にも感じられた。清十郎の万七はボンボンらしい鷹揚さ。だが、これほどの人がこれ一役というのはもったいなさすぎる。一輔のお高、娘役の華やかさと健気さが輝くよう。勘市の番頭行平は元の育ちの良さをにじませ、玉勢の手代豆蔵、簑太郎の大貫親方、簑紫郎のお梶婆など、ありそうな人物像が笑わせる。文昇のお舟が純情で、玉志の徳右衛門は情けある主人。人形の呼吸や人物像も楽しめた。

 

二部は本格的な時代物が二つ。

『一谷嫩軍記』「熊谷桜の段」、睦太夫、勝平。合戦の最中である、その緊張感が伝わってくる「遥々と尋ねてここへ熊谷が妻の相模は」の「遥々と」に深みがある。相模の辿った道のりの長さと息子への思い。それを受けて和生の相模、武家の女の強さと優しさ、大将の奥方の格。藤の方は勘壽休演により紋臣。藤の方は相模より身分が上なのに、むしろ可愛いというか、少女のような一途さとある意味の幼さが感じられる。相模に対し、「その恩を忘れずば、助太刀してそちが夫熊谷を自らに討たしてたも」「エエそりやまた何のお恨みで」の、きっぱりと強い勝平の手。平山の横暴、弥陀六の老獪さ。

「熊谷陣屋の段」前、呂勢太夫、清治。オクリから相模の出、夫を待つ時間の動き、打掛を着て正装の形。熊谷の出。「思ひを胸に立ち帰り」の憂い、もの思いの深さ。一転して敦盛を討ったと聞いて熊谷に襲い掛かる藤の方をあしらい、敦盛の最期を語る。そのまなざしは、藤の方ではなく、下手の相模を意識している。玉志の熊谷の造形の確かさ。

、若太夫、清介。「魂魄この世にあるならば」の藤の方の詞、「イヤナウ四十九日がその間」の地合、義経が立ち出で首実検に向かう。その首を出した瞬間、ここに至る熊谷の苦衷のすべてが判明する。思わず駆け寄ろうとする相模、押し留める熊谷。義経も「ホホ花を惜しむ義経が心を察し、よくも討つたりな」に、命令した側の痛みをにじませる。そこからの相模の嘆き、そのクドキが胸に迫る。母たるものに、何たる残酷な仕打ちかと、詞の外に訴えているような。熊谷は涙も見せず、その悲しみに堪える。清介の気合一閃、平山の出と弥陀六のモドリ、そのタテ詞の畳みかけるリズムと底強さに、この物語の根底をなす源平の対立と討っては討たれの因果と恨みの重なりが示される。なればこそ、熊谷の答えは、その輪廻から逃れるために出家することであった。

史実では、熊谷の出家は敦盛を討ったことに無常を感じたからとも、その後の領地争いが原因とも言われる。我が子を敦盛の身代りにした、というのは浄瑠璃作家の見事な着想だが、私たちにはそれが事実であるかのように思える、それほどリアリティに満ちている。

熊谷にとっては忠義のためにわが子を犠牲にする苦しみと、相模にとっては旧主の子を救うために我が子が犠牲になるという悲しみと、どちらも比べ難いが、今回は和生の人形の表現も相まって、相模の悲しみがより深く届いた。義経には部下に苦衷を味あわせる大将としての苦悩、宗清には自分の情けが一族の仇となり、その恨みと悔いを担い続ける者の孤独を、藤の方には、ただ我が子だけを思う母性愛から、部下に身代わりの苦しみを与えたことへの悔いを、それぞれが担うものの重さをずっしりと届くように若太夫は語った。熊谷の「十六年もひと昔、夢であった」の重さ。時を超えた普遍的な物語として再構成されたこの悲劇を、若太夫の力強く、かつ的確な人物造形の語りと、緩急の機微を心得た清介の三味線が、戦の世の無情という物語の主題を浮き彫りにする。これが文楽の時代物の持つ魅力である。

『檀浦兜軍記』「阿古屋琴責の段」錣太夫、靖太夫、津國太夫、聖太夫、宗助、ツレ清志郎、三曲寛太郎。

阿古屋の勘十郎の大きさ。黒地の打掛は桜紅葉に流水。華麗なる傾城かしら。それでいて景清を思う女の純情。三曲の音色の乱れで景清の行方を白状させようとする重忠の心理的な追及に対して、阿古屋は女の一途、遊君の強さ、誇りをもって対抗する。それでいて三曲はなよやかで純情を表す。錣太夫の巧みさと宗助の美しい手、寛太郎の三曲が光る。それも、単なる三曲のうまさ、人形の演技を称賛するものでなく、この物語が、確かに阿古屋を中心とした愛の勝利を描いていることをしっかりと聞かせている。重忠の靖太夫は重みがあり、津國太夫の岩永はニンの合った役どころで笑いを取る。聖太夫の榛沢は出すぎない若々しさ。玉助の重忠は、熊谷のような貫禄がある。玉勢の岩永も、滑稽なだけでない敵役の性根。玉誉の榛沢は爽やかに決める。

三部『曾根崎心中』は見ることができなかった。というより、なぜこんなに『曾根崎心中』ばかりが出るのか疑問に思う。3部制の第3部として時間が適切なことや、人気演目であり初心者にもわかりやすいというのは肯ける。しかし、こうも頻繁に出されては、という思いがある。
以前は、国立文楽劇場では、だいたい同じ演目を出すのは5年ごとであった。それは、様々な演目を出すことが技芸の継承に絶対に必要なこととの認識であったと思う。少なくとも、国立文楽劇場と国立劇場は、10年後、20年後を見通して、演目や配役を決めていくという見識や責任がある。
しかしコロナ以降、3か月後の公演すらおぼつかない、いな、一公演を最後まで演じられるかすら不安な状況になってしまった。明日が見えない、初めての、それも文楽向けとは言えない劇場では、長期を見通した計画や、それに基づく人材育成は難しい。国立劇場建て替えの時の懸念がすべて現実になっていることを、国はどう考えているのだろうか。

新しい年、少なくとも、希望を持てる年であってほしい。時は待ってはくれない。歴史と現在が、変わらない人の情が交錯する舞台が守られることを、私たちは渇望している。