カテゴリー別アーカイブ: 美芽の“呂”観劇録

春は甦る-2023年初春公演―

森田美芽

  2023年の初芝居。文楽劇場の初日。恒例の睨み鯛、餅花の飾り。和服姿の方が多く華やいだ雰囲気。何よりロビーに溢れる人々の明るい表情。この3年ほど、見ることのできなかった光景だ。

初日、第二部「義経千本桜」三段目、「椎の木」「小金吾討死」「すしや」を見る。

 「椎の木の段」口、咲寿太夫、團吾。千鳥の見台に浅黄色の肩衣。師匠の前を語る覚悟がよくわかる。そして「枯れ残る、身はいとどなほ枝折や」の美しさ、切なさにはっとする。大和吉野の風情を描くところからの人物への転換のスムーズさに、彼の努力の跡を強く感じた。團吾の、そうした風景から人物への転換を優しく支える音色も。

、咲太夫に代わり織太夫、燕三。権太の人物像、出は親しみを感じさせて接近し、安心させて騙りを働く、筋金入りの悪、それも大和の田舎のやんちゃ者が成長してとの武骨さも備えてという描き方。特に「この中ぐくりの解けたは」の表情、「コレ前髪殿」からの性根の変化が面白い。ただ、凄みを効かせるのはよいが、詞が強すぎて語り全体ではなく、そこだけに耳が行ってしまうことがある。段切れ前の、権太の小仙への長い詞は、権太を理解するのに絶対に必要なだけに、惜しいと思う。その流れの中で、小仙の優しさを聞かせる燕三の構成力はさすが。

「小金吾討死の段」三輪太夫(小金吾)、津國太夫(弥左衛門)、南都太夫(若葉の内侍)、聖太夫(六代君・五人組)、三味線は清馗。ベテランの味わい。小金吾が死を覚悟して六代に語る詞だけで泣かせる。詞の中に、これまでの旅路の困難と最後まで二人を守り切れないという無念、若君への遺言、それらが迫ってくる三輪太夫の語り。それを聞いての内侍の嘆きも、頼る者とてない、未来も見えない絶望の色。聖太夫の六代は素直な発声で真っ直ぐに届く。そして弥左衛門の詞で、息子の権太との関係性も、弥左衛門の性格も知れる。短いが的確に人物を表わしその心情を伝える場の全体を、清馗の糸がまとめる。

 「すしやの段」前、呂勢太夫、清治。呂勢太夫は期待通り、吉野下市の鮓屋の賑わいからお里の性格、この家に迫る危機とは無縁に男を慕う娘の心情を丁寧に聴かせる。また権太はあまり乙声ではないが、母をだます手、ころっとひっかかる母と、やはり浄瑠璃の骨格を外さない。ただ、「しやくり上げても」のイイイ、イイイ、がやや長く感じた。無論清治は絶妙の間でアシライの手を入れる。しかし、この後の弥左衛門の説得と、彼がなぜ維盛を匿ったかの事情を語るところが実に響く。これはこの段の要であるのだとすっと伝わるのだ。それゆえ、事情を知らぬお里のうきうきと祝言を待つ有り様が、またそれを突き放す維盛の詞が説得力を持つ。

、呂太夫、清介。珍しく「親御の気風残りける」で盆が廻る。「神ならず仏ならねば」は行き暮れた若葉の内侍と、町人に身をやつし妻を思う維盛との両方の意識。その二人の思いがけない再会と、「詞はなくて三人は泣くよりほかのことぞなき」。
三人がそれぞれどのような思いであったかと、地味にここで泣かされる。そのあとの「供連れぬも心得ず」などと呑気に語っている維盛から、若葉の内侍の苦労の述懐の対比へのスムーズな運び、さらに「かくゆるかしきお暮しなら都のことも思し召し」で内侍の恨みがましさを洗わす。これがあってあとのお里のサワリが効いてくる。お里の嘆きに引き込まれると、一転して梶原の来訪を告げる声、落ち延びるところに権太が維盛を追う。その本音を出した権太に怖れを感じる。
次々と変わる局面に緊迫感はあるが、それを息もつかせず語りきる。なのに、弥左衛門と婆が桶をやり取りするところは笑いを誘う。

権太の再登場。「いがみの権太が生け捕ったり」までは詞、「討ち取ったりと呼ばはる声」は地に戻る。その移り行きが実に自然で、物語の視点がどこにあるかが見える。「私にはとかくお銀」と権太の性根の出る詞は圧巻。梶原が引き込みの時、「暫く汝に預くるぞ」が粒読みで、梶原にも腹に一物あることが知れる。

権太のモドリ。その直前に我が子を手にかける父の「こんな奴を生けて置くは世界の人の大きな難儀ぢやわい」の真に迫る強さ。それに対する権太の真情の吐露が悲しい。これまでの悪の意味がすべて忠義のためであったことが語られ、しかも最愛の妻と子を身代わりに差し出したという苦しみが「コレ血を吐きました」でクライマックスに達する。

そこから、実は梶原が全てを知り、維盛に出家を勧めたことから、自分の全ての犠牲が無意味であったことを悟る、何という悲劇、何という悔い。この物語の最大のどんでん返しがここに結実する。しかしあまり思い入れを取らず、ここからは調子が一段高めて物語を収斂させていく、段切れの運びが切ない。清介、この全体を把握し、時々の場面や人物の変化を見事に把握しきった気合の三味線。

玉助の権太がそうした性根をよく捉え表出した出色の出来。最初の悪人ぶりから嘆く父親の情までスケール大きく描いた。一輔のお里は美しく、サワリの時の複雑な思いも納得できた。弥助実は維盛は玉男、動きの少ない中でも気品を感じさせ、若葉の内侍の清五郎は高貴の女性らしいツンデレなところも母性愛も見せる。小金吾は玉勢、動きが爽やかで的確。小仙は紋臣で優しい母らしさ。弥左衛門の文司は忠義の重みをしっかり出した。弥左衛門女房は勘壽、こういう役では言うに言われぬ説得力を感じさせる。梶原平三の玉輝、敵役だが肚を見せない重さも。文哉が猪熊大之進を動きだけで納得させ、簑之の六代君は幼いながら気品あり、清之助の善太も愛らしい。

 

見たかったものは、充実の舞台に、満員の客席。多くの人が、当たり前のように芝居を楽しめる世。そして、そこで演じられるのは、人形を通して人が生きたその人物の感情を表わし、それが私たち自身の内にも感じられること。舞台を見て登場人物に自然に感情移入していき、自分自身が当事者のように感じ、つかの間、別の人生を生きるように、そして終われば自分自身の現実に戻っていく、そのような分かたれた時空、特別な時間が欲しいのだ。それを十分に感じたこの初日。私はまた劇場に向かうだろう。再びこの感情の高まりを経験するために。

掲載、カウント(2023/1/8より)

天よりの音-2022年12月 ゴスペル・イン文楽×能楽

森田美芽

大阪ビジネスパークのホテルモントレ・ラスール15階の「天星殿」は、天に開かれた能舞台がある。能舞台を覆う屋根の上に天窓があり、昼は陽光が降り注ぎ、夜は星の光が差す。

金春流太鼓方の上田悟氏と呂太夫の、30年に及ぶ友情の結実。星降る夜の静けき光の中で、ゴスペル・イン・文楽に能楽の狂言方・囃子方が加わり、不思議な、また清冽な舞台が繰り広げられた。
折りしもクリスマスを控えた12月23日、寒風身を切る如き嵐の中で、そこだけは別世界の穏やかさと沈黙と支配していた。その後の衝撃も忘れ難く、ここにしたためる。

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まず、上田悟氏とご長男の上田慎也氏による、太鼓連調「祈り」。舞台の沈黙を穿つ一打、そしてリズム。それは遠くより近づく足音のように低く始まり、鋭く空を切り裂く。撥は垂直に面の中央に降ろされ、音が無の空間から生まれる。天から降る音のように、それは厳粛に、弛緩なく妥協なく、やがて二人の音色が呼応し語り合い、また追いかける。祈りとは呼吸すること、その呼吸が相通じること。天に向けて語られた言葉は、再び地に降りて空しくなることはない。

そしてゴスペル・イン文楽×能楽。その初演から関わり、何度も繰り返し見てきたこの演目に、このような新たな展開があろうとは想像できなかった。

第1章「イエスキリストの生誕」。始まりは能の四拍子(四つの楽器。笛、小鼓、大鼓、太鼓)。いつもは三味線による『三番叟』の冒頭の荘厳な旋律だが、野口亮氏の笛は旋律なしにその時空を貫き、天を切り裂いて時をそこに迎える。

マリアの登場。能舞台は三方に開かれている。背後には囃子方が並ぶ。その中で虚空に浮かぶようなマリアの足取り。
清十郎のマリアは、初演の時よりもさらに若々しく、純粋な乙女の姿。マリアのまなざしの先には御使い。マリアの孤独、歴史上ただ一人の不条理に堪える健気な処女。それは2000年前のナザレでの光景が、時空を超えて現代のこの場所に同時的に生じているように思えた。
そして生まれた嬰児に貢物を捧げる東方の賢者たちを狂言方の山口耕道氏、山本善之氏が見せる。軽妙なやりとりで、嬰児が世の救い主として来られたことを示す。産まれたばかりの我が子を抱くマリア。この母性の表現は無論のこと、今回のマリアは、まるでこれからこの子のたどる運命を予感しているかのように、「心が剣で貫かれる」ことを知っているかのように見えた。

第2章「イエス・キリストの生涯」イエスのかしらは俊寛、しかし衣裳はこれまでと全く違い、半分裸で体を見せる。文楽では肉胴を使っている。
貧しきイエスに伴う、狂言方の舟頭と弟子。作り物もなく、ただ櫂の動きで舟を操る。ワキ方の位置で眠るイエス。嵐に翻弄され、左右に転がる山本氏の軽やかな動き。狂言方の身体能力の凄さを垣間見る。
嵐を鎮めるイエスは勘市。再び、三味線と四拍子の合奏。いな、合奏ではなく、異なる世界がクロスする混沌。
休憩をはさみ、第3章「最後の晩餐」

「癒し求めてひとびとは」から。パンと葡萄酒を捧げるイエスの覚悟。印象的な希太夫のユダの裏切り。捕われのイエスは後ろ手に縛られる。橋掛かりからそれを窺い見るペテロ。それを取り囲む人々の眼差しが見え、ペテロの弱さは無言で顔を伏せ、手を挙げるのみ。ペテロの科白を呂太夫が語ることでその嘆きは一層深い。

第4章「イエスキリストの十字架」
初めて十字架の道行を演じる。半裸のイエスは2本の木を組み合わせた十字架を担い、引きずりながらゴルゴダへの道を歩む。その木はリアルな十字架ではなく、イエスが担わなければならなかったすべての人の罪の象徴と見えた。
勘市はその重みを、理不尽な苦しみを、ただ堪えるイエスの姿で表す。我が神我が神、なんぞ我を見捨て給いし、のクライマックスから、十字架のイエスをシルエットで見せる表現。

第5章「イエスキリストの復活」。復活のイエスと出会い怯えるペテロと、僧侶のような薄物をまとう、やや肉感的なイエス。手の真ん中に赤い傷跡。それを見て恐れと絶望は歓喜と希望に変わる。呂太夫の「ハレルヤ」の力強さ。

 

そしてマリアとイエス。今回、人形陣はわずか3名、一度に人形が1体しか舞台に出せない状況。だから基本的にマリアとイエスは同時には出ない。
しかしそれは、マリアによってイエスが生まれ、イエスは公生涯に入って後はマリアとほとんど関わらないというものあるが、マリアの使命とイエスの使命は表裏一体であり、人として能う限りの犠牲を払って他者のために生きることであり、自分の命を他者のために捧げることである。イエスの活動の裏にはマリアの沈黙の祈りがあり、マリアはイエスの生涯を先取りしている。
清十郎と勘市、清之助の3人は、この二つの運命、二つの尊い犠牲にふさわしい気高さと清さを見せた。

狂言の動きは能に比較してはるかに自由でダイナミックであり、人形よりも細やかな表現が一人の意志によって可能である。山口氏と山本氏の掛け合いはほっとさせる温かさやユーモアがあり、この物語の通奏低音のように人の善意が広がっているのを感じさせる。

一方、能楽囃子方の四拍子と文楽の太棹三味線は異質な表現力を持つ楽器であり、言ってみれば、能楽の四拍子は三味線の旋律のような「色」のない、純粋な虚空に響く音である。
笛の野口氏を始め、小鼓の上田敦史氏、大鼓の森山泰幸氏、太鼓の上田慎也氏、この4つだけでも純粋に上へと向かうような集中を作り出す力がある。
対して三味線の清友、團吾(友之助休演による)のお二人は、長年この作品を手掛け、太棹の表現力を生かした物語世界を描く。ここに二つの音の世界が並立している。内へ内へと集中しその中に垂直に降り来てわれわれの内面を一転させる音と、外へ外へと延伸し聴く人をドラマの中に包摂し人々の心を包む音。この二つの力が感覚を揺さぶる。それぞれ独自のリズムと奏法があり、双方が主張し合い、時に混沌とするが、その中から不思議な光が交錯する。

酔うというのではなく、そこにしかない音同志の主張が、時として不思議な調和を作り出す。それは、この舞台全体が異質なものの極限を掘り下げることで、その本質に近づくという奇跡を象徴している。

そして呂太夫、希太夫の語り。
狂言方の科白は本人のものだが、呂太夫は一人ではなく、その世界をわが物として、マリアもペテロもイエスも、その一人ひとりの命を生かす。この物語は、この3人の、ある意味死と再生の物語、その発端から今に至る命の物語である。その真髄が、この顔合わせにより、意図したものを超えて実現したと言えるのではないか。
これこそがクリスマスの意味である。2000年前のパレスチナの地で起こった一人の刑死が、現代まで続く人間のすべての罪を担い、癒し、ゆるし、新しい命に生かす。永遠の神が人の姿をとってこの世に生まれたという不条理。
「いま、ここで」が「いつも、どこででも」に変わり、私たちとともにいまあるという不思議。

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実は今回のゴスペル・イン・文楽×能楽に実現されている。文楽は近代劇として、「いつ」「どこで」「だれが」が特定された物語で、これはマリアとイエスの奇跡物語である。しかしその物語は同時に、現代のわれわれの中に到来し、その時にイエスが多くの人を癒したように、いまの私たちを癒している。

時と永遠が結ぼれるその奇跡を描くゴスペル・イン・文楽の試みは、文楽という芸能の枠を超えていく。そしていまも、私たちに生きる意味を問いかける。天より降りきたる言葉のように、人の言葉を超えて、それは私たちの魂を生かすのである。

掲載、カウント(2022/12/29より)

熊谷の涙―2022年11月公演―

森田美芽

時代物の主題は、主人公の男性が父であり夫である前に、主従関係の下にある者に負わされる苦悩と葛藤である。それがどんなに残酷であろうと、その理不尽な命令を下す主君も、従わざるを得ない部下も苦しむ。それ以外の解決はないのだろうかと思わされる。にもかかわらず、その悲劇に心惹かれるのは何故だろう。11月文楽公演を見ながら思った。

 第一部『心中宵庚申』
「上田村の段」千歳太夫、富助。「五月雨」「落とし水」「玉水」と重なる言葉の流れと節が美しい。のどかに見える中に、父の病、妹の突然の帰郷、緊張を含んで、お千代の出。うちしおれた風情、姉はなかなか気づかない。「恥づかしや、また去られて」の「また」が深く残る。妊娠中なのに姑去りの仕打ちを受けるお千代の痛ましさに、父平右衛門の情けが染み入る。自身も明日をも知れぬ病でありながら、「案じらるるは子の身の上。」と娘を労わる。
そこへ事情を知らぬ半兵衛が訪れる。父が娘ゆえに婿に迫る。「今こそ町人八百屋半兵衛、元は遠州浜松にて山脇三左衛門が倅。武士冥利商ひ冥利」と、半兵衛にとって決定的な一言を告げる。この武士としての矜持のゆえに、彼は、舅平右衛門への言い訳と、養母への言い訳に逃げ道を失うことになる。水杯と門火の、悲劇の予兆。「灰になつても、帰るな」の一言が痛々しい。全体に流れる哀切さと父の思いを託す富助の糸。
千歳太夫の、父島田平右衛門の情愛のこもった語りが胸に響く。姉おかるの造形がやや軽く感じた。彼女もまた、惣領娘としての矜持と人を使う苦労を知る者なのだ。そこに現れる、父としての島田平右衛門(玉也)の厳格さと思いやり。『野崎村』の婆の父バージョンのようだが、ずっと厚みがある。娘可愛さのゆえに、「あれが何の武士の果て、鰹節の削り屑。人でなし」と婿の半兵衛を罵る。豪農としての器量、格、その厳しさと矜持。姉のおかるはやや軽い感じで、姉というより妹のような感じになる。簑二郎はよく遣っているが、勘十郎が圧倒的すぎるのだ。
「八百屋の段」呂勢太夫、清治。呂勢太夫の人物が生き生きとして聞こえる。新靭の日下がり、町の賑わいや町内衆の雰囲気、その中で独特の雰囲気で登場する八百屋女房。悪婆の首だが、どこか憎めない愛嬌は勘壽の業。だがその言葉の端々に、この家の問題が案じされる。八百屋の主人伊右衛門は「寺狂ひ」つまり現実逃避しており、女房は口やかましく一人店の使用人を追い立てる。西念坊の斧右衛門かしらの面白さを表出する亀次の確かさ。
戻った半兵衛の、婆への必死の「十六年この方たつた一度の御訴訟」。なぜこれほど婆はお千代を嫌うのだろう。嫁と姑が分かり合えないのは昔からとはいうものの、この一家の場合は母と息子がすでに生さぬ仲であり、義理の関係である。そのために半兵衛が、どれほどこの家で気を使い、義理の父母の気に逆らわぬようにしてきたか、切ないほど感じられる。本当なら、彼にとっても唯一心を許せる家族であったはずが、その妻が義母と不仲である。現在であれば、不仲であれば別居するか、嫁も自己主張できるのに、と。あるいは、もしお千代がこの時代であっても、抵抗する強さを持っていれば、事態は変わったかもしれない。彼女は従順でありすぎた。

それを言っても詮無いことだが、いったいいつ、半兵衛は死を心に決めたのだろう。それは上田村で、舅である島田平右衛門になじられた時ではなかったか?お千代を離別したくはない、しかしあの母を説得するすべもない。親二人への義理を立てること、それが、お千代を離別して心中することだった。何という痛ましさ。本来なら、若い夫婦と、その間に生まれる子にこそ未来はあるべきものを。この家を去る、がこの世を去る、に、なぜ、ならなければならなかったのか。

近松はこの嫁姑問題の理由を明らかにはしていない。ただ、どうにかならなかったか、という思いだけが残る。婆の一瞬の優しさやけたたましさも含め、これほど、人の心はすれ違うのかという悲しみを描いて余りある清治の糸。
「道行思ひの短夜」お千代を芳穂太夫、半兵衛を南都太夫、ツレ咲寿太夫、聖太夫、薫太夫。三味線は錦糸をシンに勝平、友之助、燕二郎が並ぶ。南都太夫の半兵衛の詞が、「つらい目ばかりに日を半日、心を伸ばすこともなく、死のうとせしも以上五度。」の切なさ、嘆き、苦衷をじんと心に堪えさせる。
人形ではやはり、勘十郎のお千代。受け身的で自らの意思を強く出さない、勘十郎の得意な動きも押さえて、それでもその一つ一つが胸に迫り、哀れに動かされずにはいられない。対する玉男の半兵衛。武家の生まれという矜持、義理を立てるために、我が身と命は惜しまないという生き方を貫くため、自分だけでなく、最愛の妻も、その子も失うという悲劇。不器用なというより、そうしなければならない、に追い詰められていく潔さと性急さ。

第二部『一谷嫰軍記』三段目のみの上演。「敦盛出陣」も「陣門」も「組討」もない。すでに終わってしまったことへの、残された人々の悔いと嘆きの物語である。
「弥陀六内」睦太夫、團吾。弥陀六の一癖ありそうな佇まいを玉助がうまく表出し、簑紫郎の小雪の愛らしさが目を引く。清五郎の敦盛が出から凛々しく、品格を感じさせる。これらの人々の動きをわざとらしくなく、自然に運ぶ睦太夫の語り、團吾の、人物一人一人に沿った糸。良質の始まり。

「脇ヶ浜宝引の段」咲太夫休演につき織太夫が代わり、燕三が支える。ツメ人形での人物一人一人の個性を表出して笑いのうちに進める。これを語りきる織太夫の勢い。いまや、語りの勢いという点では、師にも勝るだろう。だが、やや冗長にも見える。これが生きるのは、序段からの流れの中のチャリ場だからだ。百姓たちのおかしみも、前段の深刻な悲劇があってこそである。それでもこれだけの長丁場を語り切る力は素晴らしい。勘市の番場の忠太、前半玉彦の須股運平など笑わせてくれる。

「熊谷桜の段」希太夫、清丈。このところ進境著しい希太夫だが、ここでも見事。マクラの「行く空もいつかは冴えん須磨の月」の声がよく伸び、「一つも読めぬ」の呼吸の良さ、相模と藤の方の再会の語り分けも自然に聴かせる。清丈も全体をわきまえ場に応じた三味線が良く響く。
そして名実ともに三段目切の「熊谷陣屋の段」。前、錣太夫、宗助。ここまでですでにある程度時間が経過している。その重さを熊谷の歩みが示す。語ることのできない事情、あくまで秘めなければならない事実の重さ、錣太夫は情を込めて語る人なので、「討って無常を悟りしか」や「手傷少々負うたれども」「もし急所なら悲しいか」など、どこかにその肚を感じさせてしまう。宗助は熊谷の物語、「さても去んぬる」からの三味線が見事。また、ここでの藤の方(一輔)の嘆きと相模(和生)の対比が皮肉にも見える。

「こそは入相の」から、呂太夫、清介。このマクラの内にも、「鐘は無常の、時を打つ」だけで、夕刻、夜へと急ぐ空気、複雑な女たちの思い、背景の陣屋の動きまでが込められている。青葉の笛に映る影、首実検の緊張。嘆きも見せず制札を取り女たちを制する熊谷と、平然と実検する義経。相模は先ほどと立場が逆転し、しかも泣くことも許されない。この残酷な身代わり劇と、それを強いた義経。何のためにかといえば、それは敦盛が院の忘れ形見であったから。そのために、小次郎は犠牲にならねばならず、熊谷は我が子を自分の手で殺さねばならなかった。逆らいようのない武家の倫理の酷さを、むしろ淡々と、自然体で語る呂太夫。それでいて熊谷の無念さと相模の嘆きは否応なしに迫ってくる。

さらに弥陀六が弥平兵衛宗清と自らを現し、全ての根源が自分にあることを彼も悔いる。ただ一人平家生き残りでありながら、その滅亡の原因を作ったことも。「テモ恐ろしい眼力ぢやよなあ」からの長い告白、さらに「播州一国那智高野」と畳みかけるそのリズムは、この悲劇がどちらの一族にとっても悲劇となっていることの悔いであろう。この上は熊谷には、この輪廻を逃れる出家の道しか残されてはいない。「十六年も一昔。夢であつたなあ」の一言。見えない涙が見えるように感じた。このドラマのクライマックス。そこに物語の全てが収斂するように、一人一人の思いがその熊谷の一言に集約されている。救われた敦盛も、その母藤の方も、宗清も、さらに義経も、相模もまた、戦いの続く限り、その悲劇の連鎖から逃れることはできないのだと。
『一谷嫰軍記』が名作なのは、源平の合戦の本質をそのように熊谷個人の運命と共に描き切っているからではないだろうか。呂太夫と清介は、この物語の全体を見据えての三段目切の格を作りだした。時代物の三段目は物語世界の集約であり、特に切場はそれに至るすべての人の努力がここでその意味を明らかにし、それまでに蓄積された人間関係や背後の事情や思いが収斂する、最も魅力的な場である。だからこそ、この場を語る太夫と三味線は、すべての演者の努力を担って、ここで結実させる重責がある。呂太夫と清介は、その意味でこの公演の中心たる役割を見事に体現して見せた。

人形では、玉志が圧倒的にスケールの大きい熊谷を遣い、最後まで肚を割らない覚悟と諦めを秘めた苦悩の人物を描きだし、和生の相模はすべて心で受ける演技。一輔の藤の方の品位の高さに打たれる。玉佳の義経は知将の位が勝る。弥陀六の玉助のモドリは圧巻。この人形陣のバランスも見事。

第三部『壺坂観音霊験記』「沢市内より山の段」。通常「土佐町松原」を出すが、いきなり「沢市内」だと、お里の境涯、貞女でありまめやかな良妻であること、それを周囲がどう見ているかが十分わからないで、いきなり物語の中に飛び込む感じが強い。お里が出た時も、それが誰なのかが、どう受け止めるのか、客席も戸惑いを感じるようだった。それでも藤太夫は團七の糸とともに、この小さい夫婦の住まいを包む貧しさの中での連帯を、またそれにまつわる沢市の鬱屈を、丁寧に描き出す。なぜお里は、目が見えない夫をこれほど愛しているのか、それは、単なる封建道徳などではなく、「三つ違いの兄さんと言うて暮らしているうちに」という、確かな時間と生活の積み重ね、そこで培われた信頼があるからではないだろうか。
お里にとって、他人からの評判などより、沢市と、彼との生活こそが、愛すべきもの、最も大切な守るべきものであったに違いない。だからこそ、沢市の疑いにあれほど怒り、彼を失うと思ったとき、身も世もなく嘆き、狂乱し、後を追って身を投げる。清十郎にはそうした力と情熱を秘めた女性がよく似合う。一方、簑二郎の沢市は、そうした妻の心よりも、男としてのプライドや、自分が障がい者であるという引け目のために、妻の愛を信じることができない。彼女が毎夜抜け出すことを、他の男の関係を疑うほどに。

後半は三輪太夫、清友、ツレ清允。この段切れは、観音が出てきて二人が癒される奇跡だが、それを引き起こしたのは、やはりお里の信心と愛以外の何ものでもない、という感を強くする。

一日の最後に、『勧進帳』。織太夫、靖太夫、小住太夫、津國太夫、文字栄太夫、亘太夫、碩太夫らが並び、藤蔵、清志郎、清馗、寛太郎、清公、錦吾、清方が合わせる。織太夫の弁慶の朗々たる語り、山伏問答の畳みかける激しさが、見えない戦いであることを示す。弁慶の玉助の豪快でスケールの大きいこと。左にベテランの玉佳、足は玉路。花道の引き込み、飛び六法を豪快に見せる。富樫は玉志で、対峙する貫禄十分。紋臣の義経は、やや遠慮深く見えた。理屈抜きに楽しませる力ある一段にまとまった。

この公演では、自分の思いを引き裂かれる男の悲劇がより心に迫った。泣くことを許されない男の立場の苦しさを、半兵衛は妻を殺して心中し、熊谷は出家し、沢市は自らを殺すことで、弁慶は主君を金剛杖で打擲し、そのことを悔いる。だが、その悔いはなぜ起こらなければならなかったのか。そのことにどうしても、割り切れないものが残る。悲劇を回避するすべは、本当になかったのだろうか。文楽の男の持つ悲劇性は、実はいまも続いている、「男はつらいよ」という、「強さの幻影」につながっているのではないだろうかと思える。犠牲になるのは女子どもだが、それを招いているのは男たちなのだ。なぜその運命から逃れることができないのだろう。その不条理が、文楽の永遠の魅力の基なのかもしれない。

掲載、カウント(2022/11/29より)

国立劇場さよなら公演  巷に静かに雨が降る―「白石噺」の世界-

森田 美芽

 『碁太平記白石噺』は、しばしば正月を飾る華やかな舞台である。しかし本来は、江戸浄瑠璃の仇討もの、それも由比正雪の乱や南朝の再興などの内容を盛り込んだ複雑な物語であり、その中に、華やかな廓と対照的な娘の田舎言葉、生き別れの姉妹の再会、父を殺された悔しさをぶつける妹、仇討を決意する姉妹の健気さ、それを押しとどめる親方の情ある詞など、いくつもの見せ場、聞かせどころがあり、単独で見ても面白い。というより、その難解な部分を避けて、「新吉原揚屋の段」を中心に上演されてきた。今回の国立劇場は、その発端となる「逆井村の段」を51年ぶりに上演することで、姉妹の詞の端々に匂わされてきた背後の人間関係が明確になり、物語の全体性を理解させるものとなった。

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第一部『碁太平記白石噺』「田植の段」中、咲寿太夫、友之助。遠く山々を望むのどかな田植えの風景、ツメ人形の百姓たちにも表情があり、生き生きとした笑いがある。咲寿太夫、その音程による人物の語り分けが丁寧になされている。マクラの歌もそれだけで風情を表す。友之助の変化に的確に合わせる技術。

、藤太夫、清友。この一家の無念な状況。与茂作の「土に喰ひついても稼ぎ溜めて」の貧困、娘を身売りさせていること、さらに騒動に巻き込まれて無念の死を遂げながら、証拠のない悲しさ。村人たちの「庄屋殿、ええかい」の繰り返しのリズムと強弱と間にも、身分ゆえの悲しさが漂う。清友の手がこのリズムを作り、無念を表す。
51年ぶりの「逆井村」の段。中、靖太夫、勝平。靖太夫は緊張しながらも、伸びやかに声を出す。婆の詞の難しいところをよく伝えている。勝平はよく性根を読み込んだ三味線。

、千歳太夫、富助。変化が多く様々な要素を求められる難しい段。しかも嘆きが多く、最後にそれを転換させねばならない。そうしたエネルギーと情熱のいる一段。千歳太夫はよく語りきった。たとえば「聞き分けよヨ、ヨイヤイヨ」のところは「忠臣蔵 身売り」の婆の嘆きのようでもあり、また「それでも早う姉を取り戻さにや」などのあせり、殺された与茂作を前にごまかす七兵衛と自分の思いで語るところは、「野崎村」の目の見えない婆のようでもある。それに対し、自分の妹に向けて嘘を言いながら「南無阿弥陀仏」と挟む、その切り替えの面白さ。
さらに谷五郎が戻ってきてからの立ち回り、台七との対決、段切れは兵部之助が正体を現し、2人が決まるところは『尼崎の段』の段切れを思わせる。こうした変化の端々に、富助の切っ先が冴える。
人形では玉志の兵部之助の怪しさと清十郎の谷五郎のさわやかさが好一対。玉也の七郎兵衛が誠実さと妹一家への情味を、簔二郎のおさよが哀れさと嘆きを好演。玉勢が台七の悪を大きく遣い、玉輝は武氏かしらの与茂作の実直と無念を示す。玉峻が休演で代わった玉路が軽快な動きで百姓七助を遣う。
第二部「寿柱立万歳」三輪太夫、團七をシンに、希太夫、薫太夫、文字栄太夫、寛太郎、燕二郎、清方らが並ぶ。国立劇場新築の寿ぎの入れ事も含め、1本から12本までの柱を4人の太夫がリレー式に語り、三味線もそれに合わせる。太夫は文哉、才蔵は簔一郎。根が真面目な人が揃い、大真面目に笑いを取る。ユニークで楽しい一幕。團七師匠にはぜひお元気で舞台に立ち続けて頂きたいと願う。
『碁太平記白石噺』浅草雷門の段。口、亘太夫、團吾。亘太夫はしっかりと発声し、どじょうや観九郎といった小悪党の面白さ、娘おのぶの愛らしさがよく聞こえる。團吾は楽しく聞かせるが、惣六の出などに重みを感じさせる。

、咲太夫、燕三。無論不足のあろうはずもないが、やや声に疲れを感じる。どじょうと観九郎のやり取りなど、もう少し笑いが起こってもいいはずのところ。また、この2人の背景も気になる。燕三もよく支えているが、白湯汲の席での咲寿太夫の真剣な眼差しが印象に残る。どじょうの勘市、切れのよい動き、キャラクターが立っている。観九郎の紋秀、表情を変えないが、抜けたところのある悪党の面白さ。惣六は後述。

切、「新吉原揚屋の段」呂太夫、清介。冒頭、華やかな色町の三味線も節も大阪とは違う。呂太夫のマクラ、「入相の鐘さへ早く」で色が変わる、時が動く。「廓のうちは万燈会」でほっと光が差し、「歌舞の菩薩の色揃へ」で、廓の女たちの世界が人びとにとって優しく魅惑的に広がる。全盛の宮城野太夫の美しさ、位、その中にある品格、色っぽさよりも、もとは武士の娘との香が漂う。一転して賑やかな、女郎たちの会話。その中で無理やり        引きたてられてくる娘おのぶのおぼつかなさ、不安。

おのぶの詞が素晴らしい。この東北訛りの特殊な詞をユーモラスに、しかもおのぶの純情が伝わるように、的確で心温まるな語り。「塗りこべえた」「色(いんろ)のよさア」「皸(あかぎれ)さあ引つかかって、うつ切れべつちや、おやつかなたまげ申す」のアクセント、もちろん意味がすぐ分からなくとも、おのぶの必死さがよくわかる。
そして「父(だだあ)」「母(があま)」「赤はらはたれ申さぬぢゃア」というキーワードの印象深さ。この言葉で宮城野が、自分の故郷の人だと納得したのがわかる。宮城野も、長く家族と生き別れ、再会の時を待っていたことが胸に迫る。だからこそ、このあと二人になって、互いを認め合う時も、一旦姉のしるしを求め、そうしてようやく再会を喜べる、そんな境涯に置かれた悲しみも。

おのぶの姉への打ち明け話、「父は犬死に」「8月18日に、悲しやつひに御死にやり申いた」の痛ましさ。その悔しさに「何の奉公どころかい」と呻くような語りに呼応して、姉宮城野の詞も、わずか12歳で身を売らなければならず、親の死に目にも会えなかった悲しみが伝わってくる。そのあとの「姉が許嫁の夫この江戸に居やしやんすとのこと」が、立体的に響いてくるのは、その前の「逆井村」があるから。

そして惣六の裁き、情に溢れ理を説く長い詞も弛緩なく、曽我物語を引いて仇討の気持ちを理解しながらも、いまはその時でないと納得させる懐深さ、ここは勘壽の人形も相まって、後半のクライマックスとなる。
「逆井村」と合わせて見ることで、これらの詞の背後にある思い、人間関係が明確になり、伝わるものがさらに立体的になる。おのぶの性根がより強く、彼女のしっかりとした姿勢、親から引き受けたものの重さ、宮城野の格の意味するものが伝わる。呂太夫の語りはしっかりとその物語の全体性を踏まえた奥深さをより強く感じさせるものとなった。ただ、これでも物語全体ではないため、全通しに近い形での復活は望めないだろうか。

段切れにまた三味線の独奏が、物語を華やかに締めくくる。宮城野の和生は手慣れたものだが、やはり遊女といってもその品格が伝わる。おのぶの一輔、愛らしく可憐な中に、父母を殺されて仇討に向かう強い気持ちがしっかりと出る。
客席を見て、東京公演にも拘らず空席が多いことに、まだコロナの影響が大きいことを切実に感じる。9月の雨が続き、晴れやらぬ空に思いも沈む。来年、国立劇場は改修のため長い休館となり、その間の公演のことはまだ詳細はわからない。懸念されるのは、やはり文楽専用の劇場でなければ、できない演目や役場があるのではないかということ。
7年後の再開時に文楽はどうなっているだろう。拠点のない状態で、腰の据わった修行ができるのだろうか。いま、一人ひとりが力の限り舞台に向かっているのは言うまでもない。だがそれだけではない。この20年ほどに上演が絶えている演目、通しの復活、適切な配役による芸の継承、それらの課題を一つ一つクリアしていかねばならない。その見通しはまだ明らかではない。
ただ、雲の彼方の青空のように、確かに見失ってはならないものを、私たちは見つめ、それを手放さないこと。彼らの舞台を見る、それは暗鬱な世にも、希望があると信じたいから。

掲載、カウント(2022/9/19より)

もう一人の「辻」―2022年夏公演―

森田 美芽

呂太夫、清介の『花上野誉碑』「志度寺の段」を見て、また、眩暈のする感覚に襲われた。三味線が低く、その旋律を繰り返している。太夫は、「南無象頭山金毘羅大権現」「南無金毘羅大権現」と繰り返す。
その狂気のような激しさで全身全霊を込めて祈るのは、清十郎の乳母お辻。馬鹿げている、これは仮病で、伯父の指示で口のきけないふりをしているだけなのに、と、心のどこかで冷笑していたはずが、あまりの迫力に、お辻の哀れさ、執念、狂気じみた激しさに、それを忘れ、夢中で見つめ、思わず拍手してしまう。
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文楽の、いわゆる切場というのは、現代のわれわれから見れば不自然なことも多い。だがそれにも拘らず、というより、理不尽で不自然なことだからこそ、現実を超えたリアリティを直接的に感覚に知らしめ、納得させるものがある。この「志度寺」においてもそれを感じ、同じ名を持つヒロインで、前に呂太夫・清介コンビで上演された『摂州合邦辻』の「合邦住家の段」における玉手御前(本名はお辻)をふと思い出した。

両者はともに忠義のために命を懸ける烈女であり、周囲の制止も聞かず暴挙に及ぶ。そして刃に刺されて死ぬ。しかし玉手御前はあくまで自分が書いたシナリオのための暴挙であり、その目的は夫高安左衛門尉通俊への忠義のために継子の俊徳丸の命を助けることであり、激しければ激しいほど、その奥にどうしても自分を刃で刺させなければならない理由とそのための計算がある。
それに対し乳母のお辻は、盲目的な母性愛と、そのために自分を金毘羅大権現への犠牲とする。彼女自身はあくまで坊太郎の病気の本復を願うためであり、薬も祈祷も効かず、最後の手段として金毘羅大権現に祈誓をかけ、そのために胸に刃を突き立て、水垢離を取りながら必死の祈りを捧げるのだ。だからこそ内記が真実を告げた時、お辻は「艱難辛苦も水の泡」と絶望する。その絶望の深さが痛々しくも哀れである。

無駄死にというなら、これほどの無駄死にはないとさえ思える。思えば、出の時から、彼女は断食のためやつれ果て、しかも底に自害の覚悟を定めていたことになる。主君の、またその子の敵討ちのためなら、何という痛ましい犠牲であることか。
彼女が最期に見る金毘羅大権現の降臨も、彼女の一念が引き寄せた幻影ではないかとさえ思える。それほどこの物語は、お辻の一念のみがそのリアリティを与えている。そして、その絶望からの遥かな希望への転換を生み出したのが、この彼女の一念なのだ。そのことを納得させられるか否かがこの芝居の成否を分ける。そしてそれを可能にしたのが、演者の力である。

の希太夫、人物を的確に語り分け、その性根を示す。「昔の姿いつしかに」の節の綺麗さ、民谷源八の死の無念、「志度の浦風に、磯浪寄せる如くなり」も、切場へのよき備え。清友の丁寧な導きで全く不安なく聞ける。

、藤太夫、藤蔵。「泣く泣く立つて行く」のマクラからの菅の谷の思い、「そなたのその親切が、届かいで何とせう」が響く。その後の森口源太左衛門の悪人ぶりがよい。坊太郎に向かって「業晒しめ」と罵詈雑言、だがどれほど高慢であっても、所詮田舎武士の性根が分かる。藤蔵も力を籠め、方丈の貫禄、菅の谷の気品、団右衛門の軽薄さなど、スケールの大きい描き方である。

、呂太夫、清介。前半の、お辻の坊太郎への思いを込めた語り掛け、「いかに頑是がないとても」と嘆きつつ、父の無念、侍の子たる誇り、何としても敵討ちさせたい、なればこそこの不始末は、との思いがあふれ出る。
だからこそ、桃を盗んだ言い訳を見て「よう盗んでくださった」と矛盾したような、しかしそう言わずにはいられない思いが伝わる。ふっと笑いが入る。一転してかの水垢離の場面も、この思いが一念としてあればこそ、というのが伝わる。清介は、「合邦」の時と似て、ここも三味線の独壇場ともいえる場面が続く。清介の、弛緩なくクライマックスに持っていく、またその強さを維持する集中。

呂太夫の語りは、この集中を生み出している。見る者をも引き込み、異なる次元の論理を否応なしに納得させる、不思議な強さ。息を詰める、太夫は語っているが、その語り自体に呼吸と意識と声が一つの方向に向かって揺るぎない世界を作り出すその集中。そして切場語りとして、この二つの「お辻」の狂気の中の真実と救いを描き出す力を強く感じさせられた。

そしてお辻の人形を初役で遣う清十郎も、武家の誇り、親の縁の薄い子への母性溢れる優しさ、それだけでない、狂気に至るその一念を見事に遣った。
その目に見えた金毘羅大権現が彼女の真実であろう。坊太郎の後の敵討ちの成功に、彼女は直接関わってはいない。なのに彼女がそれを実現させたように思える。狂気の中の真実、絶望の中の希望。不思議な弁証法がここに成り立つ。
この三業一体の「集中」の生み出した時空の奇跡。それにしても、清十郎の「戦う女」の強さの表現はどうだろう。『ひらかな盛衰記』のお筆以来、「気品」「清らかさ」だけではない女の強さがさらなる深みを増し、この人の表現がさらに広がっていることを、長年見ている身にも本当に喜ばしく思われる。

人形では、森口源太左衛門を玉志と玉助が交代で遣い、悪の力を見せる。槌谷内記を簑二郎。形は美しくすっきりと遣うが、この訳は源太左衛門に対抗する大きさと肚をもっと感じさせてよい。菅の谷は勘弥休演で紋秀が代わったが、なかなかの好演。うち萎れた風情にも奥方の品格がある。坊太郎は簑太郎が遣い、後半の成長をきっちりと見せる。

打ち出しに『紅葉狩』。コラボ企画で小烏丸の人形が小狐丸と並んでロビーに展示され、歌舞伎でも同じ演目で比較できるようになっている。床は呂勢太夫、芳穂太夫、南都太夫、聖太夫、薫太夫。三味線、錦糸、清馗、錦吾、燕二郎、清允と、華やかで陶然たる旋律の妙。何も考えずに没入できる喜び。

更科姫を一輔、左を簑紫郎、足を簑悠。前のしとやかな深層の姫君から、後半の悪鬼への変化が見事。初めてこれを見た1999年11月、主遣いは故一暢、左は清之助時代の清十郎、一輔は懸命に足を遣っていた。次に2006年11月には、主遣いは清十郎、一輔は左遣いであった。今回、その一輔が主遣いとして更科姫を遣うのを見るのは感慨深い。世代を繋ぐ人形の伝承の有様を見ることができた。

平惟茂は、前半玉助、後半玉志。玉助は華やかで見栄えがし、玉志は武人たる風格を見せる。山神は玉勢。動きは悪くないが、後半の足拍子が少しずれ気味なのが気になった。
腰元は紋吉、勘次郎。明るく楽しいが、もう少し両者の首の性根をはっきり出してもよいのかもしれない。
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第二部『心中天網島』。文楽劇場の本公演でこれを見るのは、もう6度目になる。1997年7月、2000年11月、2006年11月、2009年11月、2013年11月、2015年4月、2019年11月。しかもそのほとんどが、「河庄」は住大夫、「大和屋」は咲太夫と、極めつけの芸を見、また聞いてきた。今回、咲太夫を除き一気に太夫が若返り、その真価を問われることになった。

「北新地河庄の段」中、睦太夫、勝平。前、呂勢太夫、清治。後、織太夫、清志郎。確かにそれは「世界」が違うとしか言いようがない。
住太夫の「河庄」は、冒頭から運命の重さを、その地名に込められた世界の意味を、胸に刻みつけていた。300年前の大坂の商家で、その幾重にもなる義理と親子の絆の縛めの中で生きるということが、どんな意味を持つのか、治平衛の愚かさと見える行為も、小春の死への思いも、孫右衛門の義理も、全てが必然であると聞こえる語りで、誰も真似のしようもない、住大夫独特の世界だった。それが強烈すぎて、まだ客観的な評価ができないのはわかっている。だから、感じたことだけを記しておきたい。

義太夫節としては、睦太夫も呂勢太夫も織太夫もそれぞれ正攻法の浄瑠璃であり、音程や語り分けもしっかりと基本を守っている。
睦太夫は当初声を痛めていたようだが、後半改善された。マクラの詩情の一言一言を丁寧に語り、浄瑠璃の骨格を作り出す。ただ、高音部の発音が不安定に聞こえる時があった。正確に、ということを心がけているのは分かるが、まだ余裕がない感じ。「御堂様の太鼓」「茶屋の段梯子」「紙屑屋のおんごく」が響いてくるような大坂の町の広がりが感じられるよう、これからも精進してほしい。勝平はこれらの変化に忠実に伴う。

清治の三味線の響き。色町の翳りよりも、これから二人が踏み迷う道の暗さと小春の純情を糸に載せて、呂勢太夫が語りだす。
「小春に深く大幣の、腐り合ふたる御注連縄」のやるせなさ、「魂抜けてとぼとぼうかうか」のリアリティ、「覗く格子の奥の間に」のはっとするような間。孫右衛門が小春に「心中する心と見た」と言い切る鋭さに、小春が真実を語りだす(と思わせる)説得力。小春の「その恥を捨てても死にともない」に小春の二重の翳り。

そしての織太夫、太平衛、善六のくだりはさすが。
だが、詞が速すぎてついていけない。治平衛の愚かさ、あるいは恋の盲目状態は見事だが、孫右衛門の落ち着き、弟のみまらず一門を配慮する重みにはまだ。あるいは「擲かれうが蹴られうが、そこをぢっと辛抱せずば、この条の客への義理が立つまい、立つまいがの、小春殿」の叫びが、遠く壁となって小春の前に立ちはだかるような悲しみ。清志郎、華やかで、いたわしい、その手の二重性。

「天満紙屋内の段」
、咲寿太夫、後半小住太夫、寛太郎。咲寿太夫は「天神橋」のリズムが心地よく、商家の日常、人々の動き、人物が生きている。小住太夫は泰然とした風情が聞こえる。寛太郎の手の人の思いに沿う優しさ。

、錣太夫、宗助。おさんの強さと健気さが生きる語り。長いおさんの詞に、その決意と誇りを滲ませ、憂いと情に満ちたおさんの造形が見事。対比しての治平衛の前半の情けなさもうまいが、夫婦仲が強まった後の五左衛門の詞が耳を離れない。段切れのおさんの「桑山飲ませてくだされ」の哀切も。宗助の「着物づくし」の美しさ、哀しさ。

「大和屋の段」咲太夫、燕三。この段は謎が多い。なぜ身請けがすんだはずの小春が、太和屋で治兵衛と会えるのか、それも二人が死ぬであろうことが想像できるであろうに。しかしその風情は美しい。咲太夫の調子はやや低いが、それでもこの段の構造は誰よりも理解している。
人が変わったようにきっぱりとした治平衛の詞、兄の不安と子の姿にも、もはや引き止める力がないのが分かる。その森々たる夜の深さと、真夏なのに感じる寒さを描く燕三の糸。

「道行名残の橋づくし」三輪太夫、睦太夫、津國太夫、咲寿太夫、文字栄太夫、團七、團吾、清丈、清公、清方。

三輪太夫の小春、なおもおさんへの義理を立てようとする健気さ。誰のためにもならないのに、死を選ばざるを得ない苦しみ。死は救いであろうか。そうした近松の眼差しさえも感じられる。團七の優しさと團吾の緊張感の対比。

人形ではまず、勘十郎の小春。目に見える華やかさや器用さを押さえ、小春の内面を描こうとする姿勢。「河庄」での内面の深さに性根を置く遣い方が目を引く。玉男の治平衛、こちらも色気よりも、幼ささえ感じる一途さ。
それに対し玉也の孫右衛門の大人の男としての貫禄と思いやりの厚み、和生のおさんは誇り高い商家の女あるじだが、治平衛のために着物を出して数えていく時、唯一の装身具と言える簪を抜いてその荷物に入れる時の哀しげな風情が愛おしい。
五左衛門は勘壽。いつもは婆に回るこの人が「にべもない昔人」の頑固さと計算高さを見せる。太兵衛は文司、このあたりの憎まれ役も的確。善六は簑一郎、軽薄さと調子の良さ。玉誉の下女子、おっとりしたところと、こましゃくれたところと。

 

コロナの影響で、舞台の充実に比してまだ客足は乏しいが、徐々に戻りつつある。そして劇場で舞台を楽しむ余裕というか、雰囲気の温かさが戻ってきたように思う。
まだ飲食ができないことや歓談を慎むなど、以前のような娯楽としての雰囲気はまだ戻りきらないものの、多くの方がコロナの中でも、節度を保ちつつ舞台を共に楽しむ日々を思い出しておられることの尊さ。再び劇場が閉鎖される日々があってはならないと思う。そのための工夫と戦いは続くけれど、ひとたび幕が上がれば、すべてを忘れて没入できる舞台が保たれていることの尊さ。そして再び、通しで『千本桜』や『忠臣蔵』の世界を堪能できる日の来たらんことを祈念しつつ。

掲載、カウント(2022/8/16より)