12日産経新聞の夕刊(関西圏)に掲載の僕のエッセイ②

ところでこの『酒屋の段』をみてもわかるように、愛のカタチを、『自分本位の愛』ではなく、『人を許す愛』にまで昇華させたのは人形浄瑠璃における近松以来の驚嘆すべき手法であろう。
 『酒屋の段』のキーポイントは、お園の無償の愛だと思う。
嫁入りしてから丸三年。
一度も夫婦関係はない。
にもかかわらず、夫の半七を深く愛しており、三勝と半七の恋愛を認知し、二人の幸せを願ってさえいるのだ。
しかしわたしは、半七にも感心している。
お園が嫁いできたとき、恋人三勝は妊娠中だった可能性が濃厚だ。
もちろん、半七は三勝への愛を貫き通して、お園と『添い臥し』は一度もしなかった。
三勝と半七は娘お通を半七の両親に託し、千日前の処刑場あたりまで道行きし、心中を決行するのである。
半七の三勝への“純愛”を評価するのは、わたしひとりだけだろうか。