カテゴリー別アーカイブ: “呂”旅日記

井上達夫先生ご夫妻からご感想

2月22日(土)に法哲学者の井上達夫先生ご夫妻が文楽東京公演にお見えになりました。お二人ともたいへん感激されたご様子で、先生からは早速、以下の文章をいただきました。お許しを得て転載させていただきます。〜

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昨日は、国立劇場での文楽公演にお招きいただき、ありがとうございました。楽屋に訪問する機会まで賜り、光栄至極でした。
文楽を生で鑑賞するのは初めてでしたが、なんでいままで、こんな素晴らしい芸術に触れる機会を逸してきたのかと自分を叱りたくなるほど、深く感動しました。
傾城恋飛脚、今回上演の新口村の段にまで至る長い物語のあらすじを事前に読んだときには、正直申しますと、許嫁の養家の娘お諏訪と養母妙閑の誠実さに比べ、養子の亀屋忠兵衛と遊女梅川の身勝手さがどうも気に障り、話の展開に共感できませんでした。

ところが、今回の「新口村の段」の呂太夫さんの謡いと語り、それに乗った人形の動きの実演に触れて、こんな私の「頭でっかちのわだかまり」がいっぺんにすっ飛び、人情の機微と切なさが圧倒的なリアリティをもって私に迫りました。
「道行」というと、つい「男女の物語」と思ってしまうのですが、新口村の段はこれに親子の物語が絡み、複雑さと奥行きが与えられています。
実父孫右衛門は、養母を裏切り公金横領の罪人になった息子と、息子を堕落させた遊女梅川とに対する怒りにかられながらも、息子への捨てきれぬ愛と、真の嫁が義父に尽くす思いやりを自分に示した梅川をいじらしく思う気持ちとで、心が引き裂かれます。
この葛藤が、人間の役者が舞台で演じる以上に、痛切に私に伝わってきました。
特に、息子が養家でまじめに働いてたころ、あんな立派な息子を養子に出してしまうとは馬鹿な親だと村人に言われてうれしかったのに、息子が罪人になったいまは、あんな極道息子を勘当したあんたは偉いと村人に褒められるのが悲しいと、孫右衛門が語るくだり、子が褒められて自分が馬鹿にされるのを親が喜び、子が断罪されて自分
が許されるのを親が悲しむという、親の子への愛の逆説が、実に鋭く表現されています。

この時の呂太夫さんの語る声と姿をすぐそばで拝聴・拝見していましたが、まるで何かが憑依しているかのような迫力でした。
3人の子を育てた親でもある家内と私は、このとき、抑えていた涙が一挙に流れ出してしまいました。
インフルエンザ騒ぎで、目をこするなと言われていたので、こすらないよう努めましたが、そのうち、涙が目に染みてしまい、ついに目頭を指で押さえてしまいました。
遊女梅川にしても、結局、親に遊郭へ売られた身、家が貧しくなかったら、まともな結婚をして幸せになれたであろうに、それが叶わぬ身と知りつつも、愛する忠兵衛の父、孫右衛門に、せめて一瞬でも嫁のごとく尽くそうとする。
そんな梅川の悲しみといじらしさが、転んだ孫右衛門に思わず寄り添い、切れた下駄の鼻緒をよじった紙で繋ぎなおす彼女のしぐさから切々と伝わってきました。
「彼女」といいましたが、人形が演じているということを忘れさせる動きでした。
だらだらと書いてしまいましたが、言葉ではなかなか感動をうまく伝えることはでき
ません。

今回の文楽公演と、楽屋での呂太夫さんとの交流、私ども夫婦にとってまことに忘れがたい経験となりました。
人生の宝となる機会を賜りましたことに、改めて御礼を申し上げます。
あのような、熱演を、1時間、休みなく続けられた呂太夫さんの声の力に圧倒されました。

楽屋でも申し上げましたが、オペラ歌手泣かせのワーグナーのオペラのアリアでさえ、あんなに長く休みなしには続きません。
義太夫の伝統と呂太夫さんの精進が生み出した世界に誇るべき卓越した「声楽」であると思います。
どうぞ、ご健康に留意されつつ、今後とも素晴らしい芸を披露し続けてくださいます
ようお願い申し上げます。

井上達夫

NY2日目。ピカソの絵の前で

昨日、2日目無事終了。3階まで満員でした。終演後希太夫とブロードウェイ「シカゴ」に。迫力に圧倒され、ニューヨーク!と心で叫びました(笑)。今日は昼過ぎに改装初日のMoMA(近代美術館)へ。ピカソの絵の前での写真です。今、開演30分前。今夜もチケット完売です。

呂太夫ピカソ2

ニューヨーク公演初日

ニューヨーク公演@リンカーンセンター「ローズシアター」の初日を無事終えました。チケット完売フルハウス。発売しない3階席にも観客が入りました。初日打ち上げ、感動でした。こちら朝の6時16分。これからいよいよ日本~南アフリカ。これからテレビ観戦します!