闘う者たちの夏(7・8月大阪公演)

森田美芽

 

2024年夏。かの花の都ではアスリートたちの熱い戦いを聞く中、大阪では猛暑とコロナの再燃の困難を抱えつつ、一同が「芝居のある夏」のために闘う。

 

第二部『生写朝顔話』「宇治川蛍狩の段」口、聖太夫(後半薫太夫)、清公。聖太夫は声が素直に前に出る。詞を一つひとつ丁寧に、意味が伝わるように語る。清公もきっぱりとよく響く手で合わせる。最初の人物紹介としての役割をきちんと。奥は睦太夫、勝平。浪人の狼藉者に襲われるピンチを二枚目が救うという、恋に陥るドラマ設定を、起伏を明確に、面白く聞かせる。玉延、簑悠、川に落とされる浪人がユニーク。僧月心の文司が休演で代役は文哉。

「明石浦船別れの段」。芳穂太夫、錦糸。宇治川で別れたはずの二人がなぜ明石の浦で再会するのかがいまいちわかりにくいものの、芳穂太夫の語りは凛としてさわやか。錦糸の糸もこの若い二人の恋路を優しく彩る。しかし僅かなためらいと不運が、二人を引き離す。船頭の玉征の、二人の色模様を前に目のやり場に困る仕草が可愛い。

「浜松小屋の段」呂勢太夫、清治。零落した深雪の哀れさ。「哀れや深雪は数々の憂さ重りて目かいさへ、泣き潰したる盲目の力と頼むものとては、僅かに細き竹の杖、あるにかひなき玉の緒の切れも果てざる三味の糸、露命を繋ぐよすがにと背に結ひかけしほしほと、心の闇時辿り来る」の描写そのままに、闇の広がり、暮れていく空気、「明石浦」と打って変わった深雪の姿、もはや良家の娘ではなく、里童からも「乞食」と蔑まれる恥じ、苦しみ、それらを語る呂勢太夫。清治の三味線には彼女の労苦の日々の記憶がこの時間の重さと闇の広がりとさえ重なる。自分を探し求めてきた乳母浅香にさえわが身を恥じ入り正体を明かせぬ苦しみを、切ないまでに伝えるお二人。(追記、7月29日、鶴澤清治が体調不良のため休演。代役は藤蔵)後、輪抜吉兵衛の登場から小住大夫、清馗。小住太夫は声が大きく語りもこせつかない。清馗の端々に見える鋭さは師譲りか。

簑二郎の浅香はこの場の手強さ。主人を思い深雪を支える力強い働き。だが輪抜吉兵衛との格闘で深手を負い、無念の死を遂げるが、この後の宿屋の段、大井川の段における戎屋徳右衛門の忠義がこの物語の鍵となる。輪抜吉兵衛は玉勢、短い登場だが、深雪のここまでの苦難を示す役柄。それにしてもこの場の子供たちのいじめの場面はやはり心痛む。

「嶋田宿笑い薬の段」中咲寿太夫、寛太郎。下女2人、手代松兵衛、徳右衛門、そして萩の祐仙、岩代多喜太と多彩な人物を語り分けなければならない、短いが重要な場。咲寿太夫は頑張っているが、やはり松兵衛や岩代といった男の表現にまだ課題を感じた。しかし千穐楽には驚くほどよくなっていたことを追記したい。次、織大夫、藤蔵。人形は勘十郎の独壇場。しかし織大夫には力量が問われる場。祐仙の滑稽味を強調する。間合いはうまい。だが、まだ、表現しきれていない気がする。

 

「宿屋の段」錣太夫、宗助。切場語りとして、錣太夫は情味ある場をたっぷりと語る。「むざんなるかな秋月の」の哀れさ、「露の干ぬ間の」の唱歌の調べなど、この人の本領であろう。宗助とのコンビが冴える。清允の琴が哀れを誘う。

 

「大井川の段」千歳太夫、富助。ここは深雪の愁嘆が強いが、むしろ戎屋徳右衛門が自らの素性を明かし、娘の浅香が主君である秋月家のために忠義を尽くしたと聞き「ヲヲでかしたな」というその一言が響いた。富助は情も義理も強さも弱さも手の内に備えて外さない。

人形では和生が深雪というのは珍しく思ったが、娘の一途さと落ちぶれても秋月の娘の品格はさすが。玉男の宮城阿曾次郎は、後の駒沢次郎左衛門になってからが辛抱立役の本領発揮。玉也の戎屋徳右衛門がやはりしっかりと舞台を引き締め、玉志の岩代の憎さげな強さ。

 

第三部『女殺油地獄』

「徳庵堤の段」掛け合いだが、三輪太夫の与兵衛、語り出しの「船は新造の乗り心」からの心地よさ、与兵衛の若い苛立ちと幼稚さ、周囲への甘えがよくわかる。津國太夫は、弥五郎は軽薄さ、森右衛門の実直、七左衛門の腹立ちと、さすがに男の表現の幅。文字栄太夫も茶屋亭主、会津の大尽など、それらしい雰囲気がにじみ出る。「コレ小菊、殿」の調子など見事。南都太夫のお吉、世話女房らしく、与兵衛に対しても姉のように遠慮のない話しぶり。裏で与兵衛が悪口を言うのも甘えの表れのように聞こえるほど。織栄太夫も花車、小栗八弥、娘お清など、語り分けの基本を懸命に学んでいる。三味線は鶴澤清友。これだけの役の出る場を見事にまとめ、場の雰囲気を作り上げる。

「河内屋内の段」口、亘太夫、團吾。ユーモラスでちょっと息抜きのような楽しさのある個所。亘太夫、良い味わい。軽みはあるが、真面目にやってこそこの滑稽味が生きる。團吾は丁寧にリードしている。

奥靖太夫、燕三。靖太夫は初日、最初から声がかすれ気味だった。こうした重みのある場を語るのにふさわしい声の使い方を学んでほしい。千穐楽には調子を戻していたが、首ごとの音の変化はまだ課題が残る。兄太兵衛、継父徳兵衛の沈痛、その中で稲荷法印の滑稽味が入る。与兵衛の、家族に対する時の横柄で自己中心的な姿勢、詞。どれ一つとっても難しい場を、燕三が導く。それにしても、継父徳兵衛の詞はどうだろう。義理の子のしでかすことを予想し、それがことごとく当たっている。にもかかわらず継父にも妹にも暴力を振るう与兵衛のクズっぷりが痛々しい。母おさわも義理をわきまえるゆえに厳しく与兵衛に当たるが、その思いも通じない。

「豊島屋油店の段」若太夫、清介。旧暦の五月五日、節句の前夜の闇の深さ。娘を世話するお吉。ふと櫛の歯が折れる。これは不吉のしるしである、さらに七左衛門がいったん帰ってきて、慌ただしく集金を渡し、立ち酒を飲む。それは野送り、つまり葬送の作法である。何かこの家に不吉なしるしが立て続けに起こる。これらの伏線がじわじわと観客に伝わる。

与兵衛が暑苦しく、乱れた形。大見得を切って家を出たものの、すさんだ暮らしを想像させる。綿屋小兵衛の登場。これが実に利いている。短い言葉で、与兵衛が父の判を使って、明日になれば元利合わせてざっと5倍というとんでもない高利で金を借りたことが語られる。
「河内屋与兵衛男ぢや男ぢや、当てがある」と強がる。そこには3つの含みがある。脇差を持っていた与兵衛は、いよいよとなれば自害するつもりかもしれない。しかしそうすれば、親のところに借金取が行く。そうなれば近隣や組合にも知られ、商売を続けることができないほどの不名誉となる。「一銭の宛もなし、茶屋の払ひは一寸逃れ」と、「一升差さぬ脇差も今宵鐺の詰まりの分別」。もはや先の見通しも立たず、いまを逃れることしか目にはいらないという末期的な状態に追い込まれた彼は、「世界は広し二百匁などは、誰ぞ落としそうなものぢや」と、いよいよ自分の都合のいい願望に逃避せざるを得ない。この弱さというか、幼稚さ。

そこに思いがけず継父徳兵衛が現れ、慌てて身を隠す与兵衛。その継父の言葉が労しい。与兵衛の性根を知り抜いた上で、先代の父(徳兵衛にはお主)への義理のゆえ、何とか与兵衛をかばおうとする。「二人の子供に心を尽くすは皆旦那への奉公。いま与兵衛めを追い出だし、一生荒い詞も聞かぬ親方に、草場の陰より恨みを受くる、無果報はこの徳兵衛一人。」この継父は、先代の主人への義理のゆえに、継子の与兵衛を何とか真人間にと画策するが、与兵衛はその継父の願いをことごとく裏切る。

さらに母のおさわが現れ、口では与兵衛に勘当と言いながら、実はわざと与兵衛に厳しく当たることで、「辛ふ当たりしは継父のこなたに、可愛がつてもらひたさ」と、武家の義理を立てることと、母として子と継父の間を取り持とうとする情のせめぎ合い。

しかし、親の合力、お吉の情けも、彼の直面する困難、新銀二百匁には届かない、という現実。そしてその借金は、継父を巻き込みさらに年寄五人組にまで及び継父の不名誉となるに違いない。そして、意外にも与兵衛は、継父に難儀をかけるために自害もできないという、まさにお吉に金を借りるしかない状況に追い込まれているのだ。

しかしお吉は断る。この場の始め、娘らの髪を梳きながらの、女には「鏡の家の家ならで、家といふものなけれども」が響いてくる。たとえ何十年夫婦として共に生きていても、女には自分で決める決定権はない。与兵衛の頼みを断るしかないのだ。そしてその代わりと出された樽に、油を詰めるために背を向ける。

与兵衛はこの時、お吉を殺して金を奪うことを決意したのではないか。まずは貸してくれと、次に不義になっても、と迫る。しかし彼に、本気で人妻と不義になる覚悟など見えない。方便なのは丸わかりである。最後は自分の置かれた状況を恥も外聞もなくお吉に打ち明ける。それがたとえ真実であったとしても、過去の与兵衛を知っている、また両親の思いを聞いているお吉には、金を貸すという選択肢はありえない。

刀を抜き、突き刺す。それも慣れていないのは明白だ。殺す方が怯えている。そして言う。「ヲヲ死にともないはず、尤も尤も。こなたの娘が可愛いほど、俺も俺を可愛がる親仁が愛しい。」そう、ここで与兵衛は、生みの母ではなく、さんざん狼藉をはたらいた継父に対して言っている。すまないという思いは、母ではなく継父に向けられている。しかしその思いは、最大の恩人を殺すという形でなされる。

なぜ与兵衛はこのような破滅的な生き方をすることになったのか。
成長の中で、父の不在、壁となって世間や社会のルールを知らせる父的な存在が欠けていたからか、それとも優等生の兄に対して、ことごとく劣等感を持って、ただ目立つことや勢いがよいことだけを自分の誇りにしたからか。そこには金の世の論理、金さえあれば思いのまま、という、この時すでに江戸の町人社会の中にうごめいているその論理に絡めとられているのが明白である。
派手好き、女にもてようとする、金はいくらあっても足りない。金がなければ、彼のプライドは瓦解する。だから何としても金を得なければならない。そこからくる惨劇ではなかったか。与兵衛サイコパス説もあるが、本当にサイコパスなら、あんなに下手な殺し方をするだろうか。無論、これは彼にとって初めての殺人であり、うろたえるのも当然だが、同情がない、というよりも、彼はお吉に甘えすぎでいたし、お吉もそうした与兵衛の心の機微に気づかないほど、普段は弟のように下に見ていたということではないだろうか。
彼に感じられたのは、人間の恐ろしさというよりも、自分にもどうにもならない弱さ、自分を破滅させる衝動を抑えきれないところに、彼の弱さのもたらす悲劇を感じた。

人形。与兵衛といえば勘十郎の当たり役の一つだが、今回は玉助。
お吉も一輔(休演時は簑紫郎)と、次へ向けての配役となり、両者ともこれまでの与兵衛、お吉を踏まえつつ、自分のものを作ろうとする頼もしさ。一輔のお吉は断末魔とはいえ、激しく暴れるあたり、母としての強さがよく出て、最期も蚊帳の内に眠る娘たちを案じる動きにその性根を見る。
玉助の与兵衛は、本当は人を殺すほどの根性もなかったのに、なまじ継父への恩を感じたために、目の前のお吉を殺してしまう弱さと支離滅裂さ、目の前のことしか考えられない視野の狭さ、自分で何も責任をとれず周囲に何とかしてもらおうとする甘え、にもかかわらず人の目を気にするええかっこしい、という破滅的な人物を描いた。
勘壽の徳兵衛の、先代への義理となさぬ仲の息子へのまなざし。清十郎のおさわ、武家の出らしい物堅さと、一方で駄目な息子ゆえにという思い。おかちの紋吉、いじらしい親思いの娘、無法な兄を嘆きつつ親のためにその言葉に従わざるをえないいじらしさ。文昇の太兵衛、短い時間で兄弟の対比を描く。勘助が山上講先達で勢いあり、勘市が稲荷法印、修験者の恰好はしているが、という性根のうまさ。勘弥の七左衛門、しっかりした商売人で、ややそそっかしい印象。

 

舞台は、絶えず新たな出会いと解釈を私たちに与えてくれる。与兵衛の殺しは単なるホラーというより、我々の魂の持つ弱さの深淵であり、自分との共通性を覗いたときの、目をそむけたくなる思いではないだろうか、と思わされた。

 

作家の廣谷鏡子さんの思い出の文章をシェア

作家の廣谷鏡子さんの思い出の文章をシェアさせていただきます。僕の太夫としての歴史に欠かせない出来事を文章に残してくださり感動してます。あの瀬戸内の小島での10年余りの真夏の出来事。お父さまの大仰闊達な話ぶり、お母さまの料理などでお世話いただいた思い出。鮮やかに蘇ってきます。得難い人生でのひとときでした!

楽園の暇 ― もんたん亭日乗|「もんたん亭」亭主