『千本桜道行』。寛治兄の三味線。and地獄の上の一枚板。

毎日、寛治兄の三味線の音色をじかに真横で浴びていると、先代寛治師匠からその又先に連綿と繋がる文楽の息吹、真髄に触れているような気になる。
僕はお客さんの倍は楽しんでいるのだ。
しかも、チケット代も払わず。
二年前の夏の大阪公演。
伊達大夫兄との『夏祭』の泥場の掛け合いの時もそうだった。
伊達兄の義平次の憎さ可愛さ。
しゃがれ声に飛翔する人物像。
ホンマ、舞台て、ほとんど苦しいだけなんやのに、たまにこんな至福の時があたえられる。
そやからいままで続いているんやろな。
しかし、芸で食べるなんてひとにはよう勧めん。
たいへんなことでっせ。
下は地獄の板一枚だ。