『絵本太功記』の見えざる戦い ―2026年2月 横浜公演―

森田 美芽

パンフレットの表は「国立劇場 第232回文楽公演 令和8年2月」。しかし実際の会場は、KAAT神奈川芸術劇場。みなとみらい線日本大通り駅を上がって5分。足場はよく、会場の雰囲気も新しいホールらしい気遣いが見られ、天井が高いわりに音響も悪くない。ただ、これが西洋式の演劇やコンサートを前提していることはよくわかる。客席の傾斜や2階、3階席の存在。それを思うと、文楽を前提とした劇場というのが、どれほど特殊かよくわかる。上手側の床、下手に今回の公演のための少し短い花道。精一杯準備されていることがわかる。国立劇場以外でも、彼らは力を尽くして舞台を勤める。たとえ不満があっても、まず公演ができ、多くの観客の前で語り、弾き、遣うことができることを喜ぶ。それはまた見る側にも、そうした不遇にめげず芸の向上を目指す彼らを心から応援したいと自然に思える。

01_2月文楽omoC2のコピー

通し狂言とはいうものの、「千本通光秀館」や「杉の森」が出ない寂しさがある。ただ、発端があることで、なぜ春長が光秀の本心を疑うようになったのか、光秀が春長を誅するに至ったのかその理由がより見えやすくなる。発端は若手による大序形式。薫太夫が力強く語り始め、織栄太夫も詞を強く出す。聖太夫は普天坊の詞がよい。碩太夫は大序の調子だと語り分けがややしんどいところがあるか。三味線は藤之亮、清方、清允、燕二郎ら、ほとんど破綻を見せない手強さ。春長を玉誉、久吉を勘次郎、光秀を簑太郎が黒衣で。安倍法印の玉路、勘介の普天坊がふてぶてしくもいい役どころ。簑一郎が中納言で中央をしっかりと。
朔日、「二条城配膳の段」掛け合いを清友が支える。津國太夫の春長、力もこもる語り出しを、むしろ抑え気味に低音部に凄みを感じさせる。春長の猜疑心と増上慢。亘太夫は兼冬の位高さや十次郎の若々しい硬さなど、実に自然に語ってくる。咲寿太夫はここで蘭丸の詞を畳みかけるように迫ってくる。「心に思わぬ傍若無人」を明確に示した。「御上、御上」と繰り返すところも、迷いからの変化が見て取れる。三輪太夫の光秀、悔しさを肚に込める。

01_2月文楽omoC2のコピー

二日、「本能寺の段」口は碩太夫が熱演。阿野の局、春長、蘭丸としのぶ、音は変えているが、どうも同じように聞こえてしまう。元の声が大きくはっきりしているだけに、声色でない義太夫の声をしっかりと作っていくことが望まれる。阿野局、蘭丸としのぶの色模様を描いて寛太郎も手堅い。
は芳穂太夫、錦糸。この日は錦糸が休演で錦吾が代演。光秀の謀反と聞き、「今こそ後悔汝が諫め、聞き入れざるも傾く運命」からの展開があまりに速い。阿野の局の奮闘、蘭丸の忠義、兄が光秀側のしのぶの自害、それらは絵巻物をみるように展開する。だが、軽く感じてしまう。それが運命というには、やはり光秀の葛藤の末の謀反であることが納得できないといけない。だから「光秀館」の省略が惜しまれる。せっかくの熱演であるにもかかわらず、感情がついていかない。人形では、玉翔の森の蘭丸がいきいきと、春長への厚い忠誠と、しのぶとの恋が最も納得できた。しのぶの紋秀が、光秀方の兄のゆえに自害する一途さをしっかりと使った。簑太郎は森の力丸で兄弟の絆を見せ、宗祇坊は玉征(後半勘昇)が存在感を出し、三法師丸の清之助(後半和登)は動かない気品をしっかりと。
六月五日。「局注進の段」亘太夫が、シリアスな場をほっと笑いで和ませる。この呼吸、しっかりした詞が届く。勘六、正清、玉露、安徳寺、といった腹に一物といった人物をうまく語り分ける。友之助は雰囲気や人物の変化を楽しく聞かせる。
、靖太夫、宗助。マクラの「朱明の空も一面の」からの、風景から山三郎、玉露らの出に至るまでの短い地合が、もっと綺麗に聞こえてもいいはず。少し声が弱っているのだろうか。山三郎の苦悩と玉露の純情が、ここも物語が省略されているので、事情が見えにくい。阿野の局の登場からははっきりとその主題が見える語り。宗助は人物を描いてさらに深みを増す音色。

「長左衛門切腹の段」千歳太夫、富助。「無常に方抜く夕陽は」だけで時の重さを感じさせる。安徳寺恵瓊の一筋縄ではいかぬところもきっちり表現する。詞のやりとりの底強さ、和睦の申し出を整える役の重さ。そして高松城主である長左衛門の義も恥も知る潔さと、民への思い。ただいきなり切腹してでてくるのがやはり唐突に感じる。今回、感動に至りにくいところは、ほとんど省略された部分に関わっている。だから段切れの笑いそのものよりも、和睦に至るまでの苦悩のところを聴かせるのが素晴らしい。富助もこうした悲劇の造形を心得た構成力。

人形では、勘次郎の勘六が笑いを取り、紋吉の玉露と山三郎の勘市が若々しい恋を描き、玉輝の安徳寺恵瓊がはまり役。一輔の阿野の局、女丈夫の気概が凛々しい。玉也の長左衛門、義と情の武将を描く。最後しか出ないのに、ここまでの戦の苦しみや民を思いやる思いが溢れる。清十郎の妻やり梅は、わが子を抱き、夫を嘆く聖母のような清らかさで運命の惨たらしさを感得させ、勘壽は小梅川隆景の重々しさで舞台を引き締める。
第二部は六月六日「妙心寺の段」から。重い段。光秀の真のドラマがここから始まる。口、南都太夫、團吾。もはやベテランの域の二人にも力が入る。「かくたる世にも花開く」からの初菊の詞が明確。奥、織大夫、燕三。母さつきの武家の誇り高い詞。「渇しても盗泉の水を飲まず」と、彼女は主君を討った息子を許さず、庶民の形で家を出ていこうとする。その怒りの冷たさと強さ。見送る光秀の、辞世の句を書きしたためるその覚悟を、織大夫が強く語る。だがそれ以上に、四王天の詞に己れの道を、反逆の正統性を見出だす、その心情の変化を聴かせた。燕三の導きの確かなこと。

六月九日「瓜献上の段」睦大夫と勝平。ここは「尼ヶ崎」で十次郎の詞に語られた四王天田島頭の最期を描いている。久吉の側に立てば、久吉の勝利の布石で彼の知将ぶりを印象づけるところだが、春長の暴虐への反抗としてみるなら、四王天の悲劇が痛ましい。その両面を睦太夫はしっかりと語って、聴く者に考える余地を与える。勝平は短くも変化の多い場を見事に弾き分ける。

六月十日「夕顔棚の段」希太夫、團七。在所の百姓たちに囲まれるさつきのもとに、操と初菊が訪れてくる。操に対し、きっぱりと「善にもせよ悪にもせよ、夫に付くが女の道」と言い切る。そこへ久吉が僧に姿を変えてやってくる。その事情は前の「瓜献上の段」で示されているが、さつきにはわからない。しかし、光秀が一人追ってくるのを見てすべてを察する。この老女の思いを、希太夫が的確に語る。團七の糸も手慣れている。

「尼ヶ崎の段」前呂勢太夫、清治。さつきの孫への思いと、初菊の思いとが重なる語り。節だけで聴いても美しいが、「嫁女、可哀やあつたら武士をむざむざ殺しにやりました」のさつきの詞がより美しい。通しで見ると、このあたり観客もそれぞれがどんな思いでここまで来たかを納得しやすいが、清治の糸は一撥でもその深みを伝える。
切若太夫、清介。この人のさつきの表現が、この物語のすべてを語っている。自ら息子の手にかかり、殺されようとしたのは、謀反人となった息子の償いの覚悟の死であったこと、それも「武智が母は逆磔にかかつて無惨の死を遂げしと、末世の記録に残してたべ」の、何という美しい高音。いわゆる「矢声」であるが、それはまさに、「主君への忠義」を正義として、その論理に殉じたさつきの生き方の潔さ、純粋さであり、民のために暴虐の主君を弑した光秀の論理と、まったく正反対であり、この両者はそれぞれが純粋であって相容れないものである。ただ、久吉もそうだが、光秀も久吉も、自身の権力欲が透けて見える。だからこそ、さつきの一念が貴く純粋に響く。それを成しえた若太夫の語りの力に、改めて拍手を送りたい。ここまで、武将の物語だからと、力いっぱい語る、しかし喉に力が入りすぎているような感じの語りが多かったのに比べ、若太夫は少しも無駄な力を感じさせない。それでいて、最も苦しいはずの最後の箇所で、あの声を聴かせるのだ。これこそ太夫の真骨頂というべきではないだろうか。そしてその、さつきの論理の悲劇的な終わりによってこの物語自体が滅びの美学のように閉じられる。光秀が妙心寺で、逆勝手(上手側から出てくること)であったことの悲劇性を、このような形で締めくくっている。この『絵本太功記』の世界の深さはここにある。

そして明確になったのは、光秀と久吉の対立。玉男の光秀、勘十郎の久吉。かしらは文七と検非違使。どちらも知勇備えた偉丈夫ながら、決定的に主君への姿勢で二人は対立する。玉男には手慣れた、しかしどうしても許せない、という一点を明確に持つ光秀像。これに対し、勘十郎の久吉は、光秀と対等に競う、しかも肚に一物が感じられる。この両者の対立を、舞台のさまざまな場で対比させ(黒馬と白馬など)、最後はさつきによってその対立は一たび止む。和生のさつきは、実に高潔な、男勝りのキャラクターが見事。妻操は勘彌、好演だがもう一歩、負けずに強く。初菊は紋臣、姫役が板についてきたが、この初菊は武家の娘の強さがしっかりと通っている。四王天は玉佳。光秀の死を止まらせた男の器量。十次郎は玉勢。力強く、また手負いからの苦悩も十分に示した。正清は文哉、僧献穴に玉誉、表現に厚み。

02_2月文楽naka

今回、馴染んできた『絵本太功記』に新しい魅力を感じることができた。技芸員の方々も、横浜という地の清新さと歴史、多様な文化を受け入れる懐深さを十分に感じ、文楽用ではない劇場でも、腰を据えて役に取り組んだというのが伝わり、とても良い公演であったと思う。場の力、人の努力、作品の妙。文楽にはまだまだ隠された魅力があることを深く感じた。