戦い続ける勇気を―2021年初春公演―

森田美芽

 正月というのに、いつもの華やぎとはほど遠い、国立文楽劇場。総力を挙げて感染防止対策を行い、技芸員一人一人も自覚をもって務めている。異様な緊張を背負いながらの公演であることが痛いほど感じられる。
 文楽を本格的に見始めて四半世紀になる。その中で、毎年の初春公演が、晴れやかさと慣れ親しんだ行事に彩られて、特別な感慨を与えてくれることを疑ったことはなかった。だからこそ、劇場でのひとときがどれほど貴重なものであったかを知らされる。
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第一部は凛冽たる『菅原伝授手習鑑』三段目。
 「車引の段」。鮮やかな紅白の梅があふれる舞台。睦太夫がしっかりと梅王の詞を、芳穂太夫が桜丸の苦しい胸の内を語る。この浅黄幕の前でのやり取りは、決して聞きやすいものではない。にもかかわらず、その性根の確かさと、語尾まで明確に語られたその詞が、この一家の巻き込まれた悲劇を明確にし、そして兄弟の対立という痛ましい現実、父親の七十歳の賀の祝という重大事を前にした一家の絆を取り戻せるかという瀬戸際であることを伝えてくれる。様式美というものの、劇の根幹は詞にある。そしてその詞が、確実に内容にふさわしい音遣いと風格をもって語られる時、その意味が時代を背景に重みをもって迫ってくる。文楽での太夫の詞とは、それほど確かな重みをもつものだということを改めて知らせて頂いた。
 杉王丸の碩太夫がいかにも金棒引きという感じで、津國太夫の時平はたっぷりと悪の凄みを大笑いで聞かせる。藤太夫はこの場の松王の遺恨をしっかりと骨太に語る。清友の絶妙のバランスが、紅白の梅の艶やかさにつきづきしい。

 「茶筅酒の段」。一転してのどかな佐太村の風景。三輪太夫と團七の、ほっこりとさせる、音の温かさと優しさ。いつも三人の嫁の炊事姿に笑みがこぼれる。そこにふと不安を抱かせる、息子たちの不在と「陰膳」。

 「喧嘩の段」。小住太夫と寛太郎(後半は亘太夫と友之助)。動きがあって楽しいが、兄弟同士の遺恨はやや直情的。

 「訴訟の段」。靖太夫、錦糸。ここから白太夫の性根が変わったように見える。だが、まだ真実は隠されている。それが指間からこぼれるように目に留まる。靖太夫も成長したと思う。まだ白太夫の格は難しいとしても。錦糸は泰然と、その向かうべきところに向かっている。
「桜丸切腹の段」を千歳太夫、富助。今回は息子に死を迫る父の思いが堪えた。息子を助けたいという思いと、管丞相への忠義の板挟みの苦悩が切に迫る。富助の切っ先が冴える。

 桜丸を簑助が遣う。覚悟のさまを動かずしてそのすべてを伝える簑助の至芸。そして息子に腹切刀を突き付ける父の凛冽たる悲しみは玉男の父性。取り乱し、涙にくれる可憐な八重は清十郎。梅王の玉佳の力強さと直情、簑紫郎の車引の桜丸も愁いを伴う色気。玉志の松王が柄も大きく、玉輝の時平は悪のスケールを見せ、千代と春の相嫁の仲睦まじさは簑二郎、清五郎ともに気持ちよく見られた。

第二部 『碁太平記白石噺』
「浅草雷門の段」口、南都太夫、團吾。なんと生き生きと、自在に見せて計算しつくしたアドリブ。「ソーシャルディスタンス」「いつもより多く」「大イリュージョン」等々。なのに少しも押しつけがましくなく、楽しい。團吾も息の合った掛け合いを聞かせる。
 奥に切語りが来ることの方が異様である。咲太夫と燕三。確かに面白いし笑わせてくれる。「オオ善哉善哉」の繰り返し、「当時我らすかんぴん」、のイキ、「こいつあやつぱり夢かいな」の調子、本当にもったいないと思いながら聞いた。

 人形では、勘市の豆蔵どじょうが細やかな動きと愛嬌で憎めない。観九郎は玉勢、これも悪者なのに子故にどじょうに騙されるところが憎めない。娘おのぶを簑紫郎が代役で遣う。人を疑うことを知らない、だが一途な思いを秘めた少女を的確に遣った。

 「新吉原揚屋の段」呂太夫、清介。入相の鐘、廓の灯、女たち、その時は緩やかに、また華やかにたゆたうさまを模様で描く三味線の妙。そして呂太夫の語りの業。
 時々、義太夫節には破格というか、正統の大阪言葉以外の言葉の面白さを聞かせるところがある。ここでは東言葉というよりも東北弁の面白さ。それと、宮城野の機知と位ある言葉、純朴さと洗練の対比。純朴さは下品にならず、洗練されても情味はなくならない。
 宮城野の詞には、幼くして故郷を離れざるを得なかった者の悲しみと望郷の念が重なり、おのぶにはただ一人姉を尋ねてこなければならなかった強い決意が伝わる。二人の女の詞の中に込められたその背景まで広がっていく。そして大黒屋惣六の情理に満ちた詞。物語としての構成は単純だが、情で聞かせ、見せ、呂太夫の詞の技術と重さが光る一段となった。

 人形では和生の宮城野太夫は堂々たる貫禄で妹への情の細やかさを見せ、玉也の惣六も世の中の酸いも甘いも嚙み分けた大人の魅力。勘次郎の禿しげりも好感の持てる遣いぶり。
 
 続いて『千本桜』「道行初音旅」。昨年4月、ここで見られるはずだった。それが今回は、鶴澤清治師匠の文化功労者顕彰記念公演と銘打たれている。呂勢太夫、織太夫ら美声の太夫が語る義太夫の言葉のイマジネーションと6挺の三味線の、天から降ってくるような音の圧倒的なあふれ。フシオクリの「道行」に特有の誘うような旋律に、「慕いゆく」の一言で、客席は一瞬で花の吉野に連れ行かれる。その中ですっくと立つ、静御前の美しさに目を奪われる。一輔の初々しく清らかな静御前。
 一転して下手より狐の登場。植え込みの陰に隠れると、早変わりで玉助の忠信が、せり上がりで登場する。スケールの大きな遣い方で、忠信が忠義厚いだけでなく手練れの武将であることを見せる。二人のバランスの良さ。二人の連れ舞いの弾むような足取り。恋人ではなく主従、しかも男の正体は狐なのに、この不思議な感覚は何だろう。

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 「道行初音旅」が昼の道行であるのに対し、同じく名作と呼ばれても、第三部の『妹背山婦女庭訓』の「道行恋苧環」は七夕の夜の道行である。浅黄幕を切って落とすと、舞台は三輪山のふもと、ご神体である三輪山の黒々とした影に、参道の灯篭と星の光が点々と続く。そこから地響きをもって迫りくるような迫力で、フシオクリも少しバリエーションが入る。先ほどは忠信の物語をスケール大きく語った織太夫が、今度はお三輪の情熱を語る。ライバルの橘姫は芳穂太夫、求馬に希太夫と揃い、三味線は藤蔵がシンで5人の中堅若手を率いる。
 最初に紋臣の橘姫。愛らしく品のある仕草。しかし心は求馬だけを探している。そこへ勘彌の求馬が苧環の糸を辿って出てくる。求馬への恋の告白。求馬もまんざらではない。夜ばかりの通ひ路と、三輪山伝説と重なる詞章。そしてお三輪の登場。生き生きとした動き、田舎娘らしい直情さを遣うのは勘十郎。一人の男を巡って争う女と女。野暮ったい田舎娘が「女庭訓」を説き、高貴なお姫様が「恋は仕勝ち」と本音で争う。そして3人で舞う。男女の中を花に擬える詞章の響きが重なる。

 「鱶七上使の段」籐太夫、清志郎。籐太夫は入鹿の傲岸、鱶七の豪胆、官女との絡みなどの様々な要素を的確にこなし、物語の運びが楽しいと感じさせる。入鹿の大笑いはなるほどと聞かせたが、最後まで力のコントロールしてほしい。全体にまだ力が入りすぎているところがある。清志郎は冒頭やや線細く感じるところもあったが、安定して一段全体に目配りして弾いている。

 「姫戻りの段」希太夫、清丈。桜の肩衣がつきづきしい。「露踏み分けて橘姫」あたりの節が丁寧で、柔らかく自然に語れている。橘姫のいじらしさに対し、求馬の腹黒さが出ているのが良い。そこから橘姫の「命にかけて為果せませう」の決意がきっぱりと伝わる。清丈も勘所をよく押さえているとわかる三味線。

 「金殿の段」錣太夫、宗助。錣太夫はたっぷりと美声で語る。いじめの官女は、今回は人形はやや大人しめだが、そのためにお三輪の無念からの感情高まりに対し、鱶七には同情すらないのかと思わせる。宗助はさすがに的確に引き締める。
 ここはやはり勘十郎のお三輪の独壇場である。疑着の相を表すところは、かんざしを跳ね飛ばしての力演。だが、舞台全体として見た時、やはりお三輪だけに目が行き過ぎてしまう。紋臣の橘姫と勘彌の求馬が上品でたおやかなだけに、その対比は面白いが、そこを惜しいと感じる。文司の入鹿は悪の大きさだけでなく気の短いところがよく見えた。鱶七は玉志(後半玉助)。これこそ豪胆で大きな荒物遣いの魅力。勘壽の豆腐の御用はお手の物。

 『妹背山婦女庭訓』は奈良を舞台にした壮大な物語であり、いくつもの犠牲の果てに入鹿討伐が成し遂げられるという積み重ねの中に、このお三輪のかなわぬ恋が最も重要なモチーフとなっている。すべてのピースが揃っても、この純な田舎娘のひたむきな恋がなければ、そして男に裏切られと知って相手の女への嫉妬に狂うことがなければ、巨大な悪を滅ぼすことはできない。
 ただ、四段目だけだと、その全体性を感じることは困難で、お三輪が哀れで終わってしまう。千本道行も然り。「菅原」ももまた。それでもまだ、一段を通しているだけましかもしれない。いったい、一日の中に物語世界の全体を味わうことのできる「通し狂言」は復活できるのだろうか。

 劇場の立場からは、コロナ禍の中での舞台には、細心の注意を払っても未知のことは多い。一方一歩手探りであった公演の形態も、少しずつノウハウを積み重ねていくことができてきた。その中での方向性はやや見えてきたかという段階で、まだまだ、完全な形にはほど遠い。しかし、常なる賑わいには遠くとも、舞台という非日常を通して、私たちに戦い続ける勇気を与えてくれていることを忘れてはならない。
 同じ不安を抱きながら、技芸員の方々は、舞台と楽屋という密な関係のただなかで生きている。その彼らが身体を使って、声を出して、危険を冒しながら届けてくれているものを、どうしてないがしろにできよう。表現するという行為自体が、命がけの冒険であるいま、私たちは彼らの語るもの、作り上げるものを、どうしてないがしろにできよう?芸術は私たちの生きる力、生きる喜びであり、人生に不可欠なものである。その意味をこうして生きて見せてくれる方々と共にいるのだ。
 未来が不確かであればこそ、いま、確かに持っているしるべを胸に、手探りであっても、光のある方へと歩み続けなければならない。行きつけるとか、確かに成功できるとか、そうした保障はないにもかかわらず。この悪疫が露呈したことは、私たちの人生そのものが、一寸先は闇という状況を歩いていることであり、それでも生きる限りはその方向へ歩み続ける努力をしなければならないということだろう。

 ひたすらに、技芸員の方々、劇場の方々、全ての関係者の無事を祈りつつ、その日を待ち望みたい。

掲載、カウント2021/1/30より)