いまなお生けるものへ――2006年夏公演(夏祭浪花鑑・夫婦善哉)

森田 美芽

大阪を舞台の夏芝居2題
 大阪の下町を舞台にした2つの作品を見て、何の違和感も無くその世界に入り込んでいたのは私一人ではないだろう。懐かしさとも、親しさとも、忘れてしまいたいような気恥ずかしさともつかない不思議な感覚を覚えた。

夏祭浪花鑑 大阪の太夫が大阪の世界を伝える
 いかにも大阪の夏芝居である『夏祭浪花鑑』だが、今回は特にその色を強く感じた。それは主な場を担当する太夫らがほとんど大阪の出身か、大阪を生活の場として来たからかもしれない。理屈抜きにその「世界」が伝わってくるのだ。

 「住吉鳥居前の段」、中、つばさ大夫、清丈。このところ、一人で語る場が増えてきた。小細工のないまっすぐな語りに好感がもてる。清丈も落ち着いてきた。奥の松香大夫、清友は、三婦の父性と男気、団七と徳兵衛のやりとりなど、ベテランの力を見せてくれた。
 「内本町道具屋の段」、中は南都大夫、団吾。こうした世話物もきっちりこなす。奥、咲大夫、燕三。やはり語りが代わると奥行きが違ってくる。団七が舅に物言えない悔しさ、磯之丞のいかにもおぼっちゃんらしい性格、番頭伝八の小悪党といった人物が俄然生きてくる。燕三の女房役も実にはまっている。
 「釣船三婦内の段」、中、新大夫、清志郎。このところ新大夫が進境著しい。もともとの声柄もよいが、語りのおおらかさが浄瑠璃にはまってきた。清志郎も、自分が一生懸命の段階から、太夫に語らせる呼吸をつかんできたのではないか。切、住大夫、錦糸。極めつけ。アト始大夫、龍爾(龍聿休演)。始大夫は勢いある声が魅力だが、短い場でも人物を生かせることを心がけてほしい。龍爾は音のよさから義太夫の響きへ進んできたように思う。
 
「男を立てる」は命がけ
  義平次の好人物の面も出て

 「長町裏の段」、綱大夫、英大夫、清二郎。
英大夫にとっては先輩の団七を相手の汚れ役、憎まれ役ということで、やりにくいかとは思った。しかし綱大夫との呼吸もよく、ことに団七が金を持ち出すところでは、義平次はむしろ娘思いの好人物の面もあるのではないかと思えた。そこから一転して団七をいじめ、なぶる変化と団七の耐えに耐えるという状況を作り出す力となった。しかし本来からいえば、この両者は逆の配役であるべきではなかったか。清二郎も場の変化を聞かせる。
 人形では玉女の団七、三婦の文吾。簑助のお辰はいうまでもないだろう。登場のとき、まぶしい夏の日差しさえ感じさせる日傘、徳兵衛と好一対の一寸も引かぬ気概、しかし自分を傷つけた義理を語るところの、夫の顔をつぶすまいとするけなげさ、「男を立てる」はまさに命がけなのだ。

大きく 衒いない華ある団七
 団七の男ぶりは、ある意味で忍ぶ男の色気でもある。玉女の団七の男ぶりのよさは、舅からの理不尽な暴力に耐える男の色気から来る。その怒りが終に爆発して、義平次を殺す、殺しの美とか、夏の暑さのなかの不条理劇というよりも、団七の真直ぐな性格、ごまかしのきかない潔さが生んだ悲劇と思われた。大きく、衒いのない、華ある団七であった。
 玉也の義平次も、もはやこの人を於いては、という完成度を示してきた。団七女房お梶は紋豊、三婦女房おつぎは和生。紋豊はやはりこうした世話の女房の生活感が抜群、和生の女房は一本芯が通ったところを見せる。こっぱの権の簑一郎、なまの八の一輔、生き生きとして楽しい。清之助の磯之丞のたよりない色気がまたいい。場面に応じた性根も出ている。玉英の琴浦と好一対。番頭伝八の文司、清五郎の仲買人弥市がよい味わいを見せている。

見ていてさわやかな気分に
  すべてがつきづきしく

 「連獅子」三輪大夫、咲甫大夫、芳穂大夫(後半呂茂大夫)、貴大夫、文字栄大夫、希大夫(後半靖大夫)に団七、喜一朗、清馗、龍爾、初舞台の清公が並ぶ。清之助の男獅子、簑二郎の女獅子、幸助の子獅子。
 見ていて実にさわやかな気分になった。床の気合、人形の意気、揃いの藤色の肩衣と袴が実につきづきしい。後半、3体が揃って毛を振るところも自然に拍手が起こった。

夫婦善哉 “いま”と地続きの物語にリニューアル
 第三部「夫婦善哉」前回の1998年夏と比べ、演出に様々な変化があった。吉本の竹本浩三氏による新しい脚本、人形も中堅・若手主体になり、場面転換にナレーションを入れたり廻り舞台を使用するなど、物語をわかりやすくテンポよく仕上げた。一言でいえば、大正から昭和初期の大阪という、現在と地続きの世界として物語を再現したといえよう。

柳吉のぼんぼんらしさが楽しい
  詞主体なのに風情が出た語り

 「北新地曽根崎茶屋染太郎の段」呂勢大夫、宗助。茶屋遊びの賑わいと柳吉のぼんぼんらしさの楽しいこと。
 関東大震災のナレーションと照明、スモークで場面をつなぎ、「上塩町がたろ横丁一銭天婦羅天たねの段」に変わる。ここは詞主体の現代劇で、義太夫としては語りにくいところであるにもかかわらず、理屈抜きにその風情を出せないといけない。英大夫と清友は、その困難な課題に応えた造形であった。

長屋暮らしの生活感がにじみ出る
  武氏と亀笹の首でよく表した

 長屋暮らしというのも若い人にはわかりにくいかもしれない。一言で言えば、プライバシーなど完全にない、水を汲むのも洗濯するのもトイレに行くのも人に気遣わないといけない生活である。秘密にしておけるものなどなく、噂は一瞬にして広がる。全て表に出しても恥じ入ることもできない暮らしといってもいいかもしれない。
 種吉も母お辰も、そんな中で生きてきた生活感がにじみ出ている。武氏と亀笹は、そんな暮らしから生まれた庶民の顔を表わす首であろう。その生活感そのままにそれらを遣った玉女と紋豊の見事さ。そして言葉とは裏腹に打ちしおれて帰ってきた娘の蝶子を迎える父と母、それをからかう近所の子供、そのやりとりがあまりにもリアルで、思わず感情移入してしまう。

電停の演出、辻占売りもよく利いて
 「高津日本橋筋黒門市場裏二階間借りの段」。登場の時の電停の演出、辻占売りが背景として利いている。柳吉の駄目さ加減、つくづく呆れる蝶子、二階での派手な喧嘩には、「合邦」や「日高川」の節や演技が入っている。
 そうだ、昔なら「合邦」や「渡し場」のような修羅場になってもおかしくはない。そしてそれが作り事とは思われない。蝶子の支えは舅が「よう尽くしてくれる」といってくれた、ただその一言だけだ。そんな意地とけなげさでついぐっとなる。

最も洗練された場面を気持ちよく
 「下寺町電停前カフェーサロン蝶柳の段」
 ここはやはり嶋大夫の『道頓堀行進曲』の名調子、清介のサポートを得て、その語りが人を惹きつける。場面としては最も洗練され、しかもいい気持ちで語れるところであろうし、客もほっとして楽しめる。やっと落ち着いた暮らしになったと思ったら、柳吉の娘がセーラー服姿で登場するあたりから、また一波乱になる。
 父の死から疎外された蝶子の悲しみ、孤独。ガス自殺の場面が人形ならでは。

駄目男としっかり女を考察す
  「何でなんやろ?」

 「千日前法善寺横町めをとぜんざいの段」ここもだいぶ手が入った。以前はもっと科白も少なく、蝶子の気持ちの変化を暗示するだけで終わっていた。今回は蝶子が柳吉を受け入れたことをはっきり詞で知らせる。原作にない『おばはん、たよりにしてまっせ』も入る。
 それにしても、甘やかすから駄目になるのか、男がぼんくらだったから女が強くなるのか。坂田三吉や桂春団治ならいざしらず、維安柳吉という男、大阪商人の悪いところだけを身に付けてしまったらしい。駄目な男としっかり者の女という組み合わせ、フェミニストカウンセリングなら共依存と名づけ、絶対に別れろと言うだろう。私自身もそうした生き方を肯定できない思いがいくつもある。なぜ女性はいつも、自分以下の男のために自分の人生をすり減らさねばならないのだろうと。

つながりの中で生きている「人間」
 それを蝶子の自己責任というのはあまりに一方的な物言いである。誰しも望むように生きられるわけではない。そもそも自分の思ったとおり、計算したとおりに生きる人生などありえないし、自分の努力と責任だけでやっているというのはおかしい。
 そういう人は、見えないだれかの犠牲を踏みにじって奪っているに過ぎないのに、そういったことに気づかない無神経か傲慢であろう。そういう人同士の、切っても切れないつながり、そこに互いを気遣い思いやるというのが情であり礼儀である。

庶民の諦念? 哀歓? 裏表?
  織田作「文楽二流論」に通じる土壌

 柳吉は蝶子の貯金を引き出しても、致命的な使い方はしない。喧嘩はしても殺されない、そういう計算と甘えはある。
 だが甘えるとは相手を認め、相手の限界を知ってそれを超えない思いやりがなければならない。柳吉には実はそれはある。だから蝶子も呆れはしても憎めないのだろう。
 単なる意地だけでも自分を認めさせたいからでもない。そしてそんなあほな、と思いつつ、やはり自分がいなければと思い直す、そんな庶民の哀歓を、人生の裏表を経験してなお笑いに包む、それが庶民の生き様であり、織田作之助の「二流文楽論」を生み出した土壌でもあると思った。

理不尽に流される庶民の知恵? それとも愛?
  「そういうモンや」と思わす人物造形

 英大夫は、文楽のテーマは赦しであるというが、赦しには緊張が伴う。期待も甘えもないところで「赦し」は与えられ、そのゆえに貴重で、人を根源的に生かす力がある。
 それに対し、この柳吉の場合は「甘え」のレベルかと思う。自分が犠牲を払わないで相手に犠牲を期待する甘えである。それゆえ彼には蝶子の「赦し」が本当の「赦し」として働かない、そういう歯がゆさが残る。
 それを諦めという形で肯定していく、それは昔から理不尽な現実に流され続けた庶民の知恵ともいうべきものかもしれない。そんな生活者の匂いが伝わってくる。勘十郎の柳吉も和生の蝶子も、本当にそうであったと思わせる、生きた人物造形であった。勘弥の金八、亀次のおときもその世界の一部になりきっている。こうしたところに地力が現れる。

大阪人の暮らしに根ざす感覚が丁寧に
  それで深い共感が呼び起こされた

 何より今回の「夫婦善哉」では、自分がそれを対象として、見てあれやこれや自分に関係ないように批評するというのでなく、何かもっと深い感情が起こった。それは、一言で言えば、共に舞台を作っている感覚、とでもいえようか。
 その生活世界を共にし、その中から生まれた作品を、自分のことと見出したり、笑ったりして、その世界の感覚を作り出しているような思いだった。上塩町がたろ横丁の長屋、日本橋(「にっぽんばし」である!)黒門市場、下寺町、法善寺、どれも普通の庶民の生活がある場所で、たこ梅のたこも自由軒のカレーライスも当たり前のように普通の人々に愛され、今日まで店が続いてきた。
 大手前女学校のその制服に思い出のある人にとって、バッジまで本物でなければならないだろう。それらはすべて、大阪の人の暮らしが育ててきたものだ。そうした経験を共有する人々の思いを受けて丁寧に制作されてきたことを嬉しく思ったし、単なる懐かしさ以上のものを多くの人が共感したのではないだろうか。

義太夫節の日本語の力を聞く者に知らしめた
  「生活が思想を生み、言葉の真実を作り出す」とさえ

 生活が思想を生み、言葉の真実な意味を作り出し、感覚を作り出す。今回の太夫らの努力は、そんな義太夫節の日本語の力を聞く者に知らしめるものであった。だから、文楽を見るのは見るという一方的な行為ではない。その場を共に作り、正直に感情移入したり笑ったりすることで、そうした私たちの感受性を作り、伝えてゆく共同作業であると思う。
 新作を作ることは容易でない。しかし、制作、脚本、演出、出演者が一体となって作り出し、伝えていくべきものを模索する、その努力に敬意を表し、舞台の成功を共に喜びたいと思う。

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