「正清の魅力溢れる舞台」―文楽熊本特別公演に寄せて

以下、大阪キリスト教短期大学学長 池田美芽先生から寄せられた、熊本公演パンフレット序文です。
見はるかす海上を渡る御座船の舳先、六尺豊かな偉丈夫がすっくと立って大笑いしています。
はるかな水平線に眼差しを向け、威風堂々たる姿で。
しかし彼は、敵方の陰謀で毒を盛られ、その苦しみを隠し、肥後の国に帰還しようとするところなのです。
 文楽『八陣守護城』(はちじんしゅごのほんじょう)「浪花入江(なにわいりえ)の段」において、熊本の誇りである加藤清正公(文楽では加藤肥多守正清)はこのように描かれています。
熊本城にいまも保存されている御座船が生きた姿で、舞台で迫ってくる姿は圧巻です。
 いま、加藤清正公を物語としてこれほど魅力的に見せる舞台があるでしょうか。
文楽の正清は、豪胆で武勇に優れ、熱い忠義溢れる武将でありながら、同時に息子を気遣う父としての一面を見せます。
「正清本城の段」の終わりでは、兜、甲冑に身を固めた正清が、「南無妙法蓮華経」の旗を掲げ、城を見下ろしながら死を迎えます。
その壮絶さと誇り高さは見る者を圧倒します。

文楽は、太夫、三味線、人形の三業が一体となってこの迫力ある舞台を作り出し、生身の人間以上に豊かな表現力で描きます。
この正清のスケールの大きさを聞かせる豊竹英大夫のダイナミックで人間性豊かな語り、豪胆と情味の両極のドラマを糸で描く三味線の鶴澤清介、当代きっての立役遣い、吉田玉女による堂々たる正清の風格、豪快さ、忠義の姿。
正清の愛息の婚約者である雛絹には、気品と愛らしさを併せ持つ女方遣いの豊松清十郎。
300年以上の伝統を持つ文楽の精鋭の力が、歴史を新たに甦らせ、現代の私たちに加藤清正公の魅力を語りかけてきます。
それだけではありません。
初めての方にもわかりやすい解説が付き、「ととさんの名は十郎兵衛」で有名な「傾城阿波鳴門・巡礼歌の段」で文楽の世界を身近に感じて頂ける、極上の機会です。
ぜひ、期待してご覧ください。
この舞台は、熊本を愛する地元の有志の方々の熱い思いによって実現しました。
文楽で熊本を、加藤清正公を一層盛り上げるこの催しにご協力頂いたすべての方々への感謝をこめて、この舞台のご成功をお祈り申し上げます。