市若初陣を聴いて

YKさんより市若感想が届きました→
幸せな一日でした。
英大夫・清友さんによって40数年振りに復活したこんな素晴らしい浄瑠璃をライブで聴くことができて。
この演目の素浄瑠璃としての最後の公演は昭和38年・10世若大夫の公演だそうです。

この「歴史的な公演」(大袈裟でなく)に立ち会えことは私の一生の宝になると共に、伝承芸能である「文楽」にとっても同様でしょう。
それは演奏終了後内山先生が、感極まったお声で「こういう浄瑠璃を文楽は待っていた!」と快哉した事実にいみじくも表れていると思います。

とにかく英さんの語りが最高でした。
持てる力を出し尽くし全身全霊で語る英さんの地力・底力を見せつけられました。
それを支える清友さんの三味線も同様に素晴らしかったです。
観客に息つく暇を与えない緻密でドラマチックな浄瑠璃が紡ぎ出されました。

前日の一夜漬けの予習(笑)は床本を単になぞっただけに過ぎませんでした。
そこまで(一人芝居=嘘をついてわが子に自刃させる・・という行為)しなくてはならないのか!と。
本音を言えばこの場面に少々抵抗を感じていたのも事実です。

何も知らされていない母・板額と息子・市若がジワジワと追い込まれて行く様子は散りばめられた伏線や尼君・北条政子の「衝撃の告白」で決定的になります。
絶体絶命の状況に母・息子は置かれてしまうのです。

この場面の緊迫した語りが素晴らしかったです。
塀の外で中の様子を伺う夫・与市、暗闇の中、背中で孫の公暁を庇いながら板額の様子を見つめる尼君・政子や綱手、それに市若。
それぞれの「位置取り」がしっかりとわかり、各自の思惑が板額に重くまとわりつく様が眼前に広がりました。
(明日に続く)