東京公演初日「荒唐無稽」

今回の「辻法印の段」、住大夫大兄に三日間お稽古していただいた。
この上ない感謝です。
初日の舞台を無事終え、深い安堵に包まれてます。
以下、初日にご覧くださった「out-1さん」からの感想メールです。


「英さんのポップさが全開。
こんなに会場が笑いで絶えなかった演目は初めて。

英さんは、文楽の荒唐無稽さを見事に体現していますねえ。
 僕は歴史にも古典芸能にも精通していませんが、文楽を楽しめるのは、ひとえにこの荒唐無稽さです。

映画におけるグリフィスやルノワールを想起してもいいでしょう。

リアリズムからも物語からも切り離された、作り物であり続ける強度。

まさに表に現れるだけの表現。
表現の極北にして、最高の到達点ではないでしょうか?
英さんほど文楽に、演目に、忠実な人はおられないのではないでしょうか?
もし文楽や演目の前に大夫が前に出ると、表現主体が先に立ち、文楽を「芸術」「芸能」にしてしまって、文楽から「表現」の凄みを奪ってしまう危険性があるが、みごとに回避できている気がする。

← そう、荒唐無稽。
この「荒唐無稽」を白日のもと、堂々と成立させてしまうのですよね、何気なく。
文楽(古典芸能)は恐ろしい芸です。
out-1さん、ありがとうございます。