『名女優C・Cとハグ』(東京新聞夕刊エッセイ)。

《 『文楽』の海外公演で十四ヵ国を訪問しているが、反応は予想以上にいい。
二〇〇二年九月、ブラジルの首都ブラジリアでの『曽根崎心中』。
道行の場面で徳兵衛がお初の喉を短刀でまさに突き刺そうとしたとき、会場のあちこちから、『ナゥン、ナゥン』という声があがった。
舞台際に座っていた女性は隣の彼氏の腕にしがみつき、首を大きく横にふっていた。
彼らには初めての『文楽』。
パンフレットでストーリーを把握し、ポルトガル語の字幕を目で追いつつ、舞台の芝居に溶け込んでいく。
日本語の語りを音楽としてとらえているようだ。
義太夫節と三味線でかもしだす喜怒哀楽のリズムとハーモニーを耳にしながら、人形のファンタスティックな所作に身も心もすい込まれていく。
そんな感じだ。
  二〇〇四年二月末にいったパリ。
前の年に文楽が世界遺産に登録され、記念式典のデモンストレーション公演に参加した。
パリのユネスコ本部の会議場には世界各国のユネスコ親善大使と三千人の聴衆であふれ、カーテンコールは全員総立ちの鳴りやまない拍手。
私たち出演者は両手をあげて舞台の前に出ていく。
ブラボー!が渦巻くなか、ひとりの婦人が感極まった風にふらふらとこちらに近付いてきた。
なんと、その背の高い気品ある女性はユネスコ理事長に伴われて、舞台にまで上がってくるではないか。
興奮したコトバを発しながら、そばによってきた。
理事長が私の耳元で『このかたは、イタリア代表のユネスコ大使、クラウディア・カルディナーレさんです』とささやいた瞬間、私は彼女の両手に包まれていた。
往年の名女優。
ビスコンティ監督の名作『山猫』のヒロインの感触。
あのC・Cの体のぬくもりは、一生忘れられない。
 》← 数日中に顔写真入りの切り抜き記事をHPに公開する予定です。