今日は参考までに「上方芸能」への寄稿文を紹介します。

私の師匠、越路大夫が、常々おっしゃるコトバ。
『上下かまわず誰の浄瑠璃でも聞け。
どんな下のもんでも必ずよい所があるから、それを盗まんとアカン』まさに、至言だ。
ごく稀に、我々舞台人の名を呼びすてにして、「アイツはアカン、コイツは聞いてられん」などと平気で言う人がいる。
又、ごく稀に、文楽見始めのお客さんの初々しい芝居感激評に、通ぶって、毒々しいひとことを発し、せっかく伸び始めようとする鑑賞眼の芽を、つもうとする人がいる。
「芸に生きるとは、気楽で残酷な観客の評価と、決して目利きでない人々の気まぐれに、生涯さらされて生き続けることだ」とは、森田美芽氏(哲学者)のコトバ。
映画評論家の故淀川長冶氏は、どんな映画作品にも感嘆の賛辞を送っておられた。
要するに、「鑑賞姿勢」とか「発するコトバ」は、その人の人格、品格の問題に帰すると思う。