『スカタン風情』の伝承。

「かくと知らねば八右衛門、『かういへば忠兵衛を憎み嫉むようなれど…あの男の身の成る果てがかはいい』…」 。
これは文楽『封印切』の八右衛門の詞で、『こんなんゆうたらワシは忠兵衛を憎んだり嫉んだりしてるようやけど、そんなことあらへん、あいつの行く末が心配やねん…』という意味。
こんなやつに限って、ホンマは、相手のことを憎み嫉み、不幸になることを願っているもの。
ほんでから八右衛門はこのあと、親友面して金を返してもろた体にした淡路町でのトリック(鬢水入れを50両に見立てる)を、廓の連中に披露する。
『ワシはこんなにまでして忠兵衛のこと思ったってんねん。
みてみい!』てなもんや。
近松の巧妙な手法には恐れ入ります。
歌舞伎にはそんなトリックはなく、忠兵衛は借りた金を実際返したのに、八右衛門が返してもろてない、とうそをつくしかけ。
文楽では忠兵衛と身請けを張り合う客は田舎のお大尽やのに、歌舞伎では恋敵が八右衛門になっている。
似て非なる物、とはこのこと。
しかし、僕にとって歌舞伎『封印切』は、目から鱗の世界。
これはこれでメチャオモロイ。
藤十郎・忠兵衛の花道引っ込みのスカタン風情は先代雁治郎を彷彿させたし、それらは松竹新喜劇の寛美ら上方全般の芸にも大きな影響を与えたと確信しています。
昨日、桂川さんは、『これじゃあ、近松が怒る』と書いてはりましたが、いろんな意味で人口に膾炙されて、近松はかえって喜んでるんとちゃいまっか。