以前、『封印切』を語らしてもらった(初役)時、お稽古していただいた越路師匠は、八右衛門の詞がいちばん難しいんじゃ、と仰ってた。
忠兵衛のキレ具合や梅川のクドキが難関やと思っていた僕にとり意外やった。
そして、天下茶屋の土佐大夫師匠の八右衛門は秀逸やった、と、生前中、何度もゆうてはりました。
故呂大夫兄も『女とか若男は発声のコツさえ覚えたらなんとかいけるけど、いかつい系の男の語りはまともに腹にかけての感情描出を強いられるから、難解なんや、大夫は男が語れないとアカン』と、よく仰ってました。
ホンデから八右衛門のこと、大方が真っ当な人間やとゆうてはりますが、僕は忠兵衛を破滅させた確信犯やと確信してます。
『封印切』を院本を体感しつつ、ひと公演語ってみて、そう思ったんやから。
僕が金持ちで友達思いの八右衛門やったら、公金横領の命の瀬戸際においつめられた忠兵衛に、貸した50両金を黙ってくれてやります。
そしたら、梅川と別れろという説得に忠兵衛が応じるかもしれないし、それでも忠兵衛が梅川と一緒になりたいと言うんなら、新口村の養子親孫右衛門に掛け合って金を段取りできたかもしれない。
真に友達思いやったら、なんとか手だては出来た筈や。
田舎からポッと出のモテモテ男忠兵衛に対する激しい嫉妬が、嫌われもんの都会人八右衛門の心底に確実に存在するんですわ。
男の嫉妬もコワイ。
八右衛門が、自分では友達思いと信じ込んでいたり、ましてやおのれの確信犯的心情に気がついてないとしたら、もうひとつコワイ。
破滅的立場and性格(推量)の遊女梅川に、ある意味ハメられた忠兵衛…忠兵衛はむしろ気の毒やと思っている。
彼を自業自得やと心の底から笑えるひとは羨ましい。
近松の人間観察と筆力はたいしたもんですなあ。
原作から少しはずれて、八右衛門をまるきりの悪(ワル)で演出している歌舞伎は、エンターテイメントとしての芝居の要素は文楽よりあるかもしれない。
来週にでも松竹座へ『封印切』を観に行って確認してきますわ。