反響続々!織田作之助『二流文楽論』、池田美芽先生より。

以下→《織田作の二流文楽論、鋭い!二流とは言い得て妙、「似非」一流でもないし、「三流」でも「亜流」でもない、いわゆる一流の文化人の趣味に合うとは限らず、それでも自分たちの独自性を譲らない矜持と、自分を突き放してみるユーモアの両方が感じられます。
  確かに文楽の中には、高尚なものも精神性の高さもありますが、同時にいかにも直裁に感覚に訴える、猥雑さや派手さもあり、太夫の美声には聞き惚れるどころか、どこか官能的な魅力さえあります。
  そうした文楽の魅力は、見かけの洗練や高尚な趣味にあわせることではなく、長屋暮らしの大阪の庶民の生活感覚、そこに生きる人々の、研ぎ澄まされた人間性から生まれるものではないでしょうか。
  ぎりぎりの、狭い長屋に片寄せあうような暮らし、そこでは気取りもポーズも仮面がはがされて、剥き出しの人間の本質だけが見えてくる、ごまかしない本音だけが人の心に届く、そんな人々の心に訴えるものだから、文楽には底知れない魅力があると思いました。
  厳しい修行を積んだから、人間性が磨かれるのではない、そんな厳しい現実を生き抜くこと自体が冒険で、劇的で、本物を作り出す場なのだと思わされました。
いまも報われるかどうかわからない修行に精を出し、黙々と舞台で陰の働きや稽古を続ける人たち、その本物の力に触れることで、どれほど学ばされたことでしょう。
  文楽は、権力に媚びず、見かけだけの名誉を求めず、「本物」であり続けて欲しい、そして「本物」を生み出していって欲しい、そんな織田作の思いがこめられているように感じました。
いまもぜひ、本物を舞台で示し続けて下さい。
  「夏祭」「夫婦善哉」大阪の独自性と豊かさ、期待しています。
》← 『厳しい修行を積んだから、人間性が磨かれるのではない、そんな厳しい現実を生き抜くこと自体が冒険で、劇的で、本物を作り出す場なのだ・・・』。
 いやあ、嬉しい意見ですねえ。
感謝します。