『はびきの市民大学』の講師。and、『死刑』で解決できないこと。and、サッカーなど。

羽曳野市教育委員会の『はびきの市民大学』(河内厚郎学長)の講師として、文楽の話をしてきた。
於LICはびきの・AM10:30~12:00。
『酒屋のサワリ』の朗読と『今頃は半七つぁん、どこにどうしてござろうぞ』のひと節伝授。
『酒屋のサワリ』の解説。
お園の半七に対する、『我慢』とか『しおらしい』とか『従順』とかを超えた→『許し』。
作者は、お園を、ただの可哀そうなおとなしい女として描いているのではない。
お園を通して、『許し』という積極的精神行為を啓示しているのだ。
そして、光市の妻子殺人事件と僕の身近に起きた、ある医療過誤死を重ね合わせ、比較して述懐させていただいた。
相手が死刑になっても憎しみは消えない…憎悪は永久に心に残る。
忘れること、それは相手に対する積極的精神行為=『許し』が重要なポイントを握ると、解いた。
自分を傷つけた相手を、逆に『助けること』が、根源的な己が心の癒しにつながる。
『忘れる』ことの秘訣は、『許す』という行為のなかにこそ潜んでいる。
殆どのひとが、肯いてくださった。
それからサッカー。
川淵コミッショナーて慌てもんですなあ。
《ジェフ市原》に話を通さないうちにオシム監督の名前を出すなんて…。
あの軽率さ加減に対して、マスコミや多くのサッカーファンが何も言わない…。
Mさん→《あれはわかってやったんでしょうね。
私は川淵さんがJリーグを作ったことや30年前からプロの理念を打ち出したことは評価していますが、今度のことはオシム監督にも失礼です。
人選は適切でもやり方があんまり》。
僕→《川淵氏が『わかってやった』?それなんだんねん?あんなことジョークでやるんですか?》。
Mさん→《私が腹が立ったのは、あれで既成事実にしてしまってオシムに有無をいわせんやり方で交渉を進めようとしたのでは、ということ、それと、天下の日本代表監督を断るはずがない、という傲慢さです。
》←傲慢!?。
なるほど、さすがええこと言いはりまんなあ。
TVの時事放談より、福井日銀総裁のことに関して、塩川正十郎氏(元財務長官)→『あのひとは人間的に素晴らしいひとだ。
ウッカリしてたんだろう』。
藤井裕久氏(元大蔵大臣)→『立場上、ウッカリではすまされない。
総裁を辞任すべきだ』…。