織田作之助『夫婦善哉』。《蝶子は本当だと思った》。

《蝶子は本当だと思った》。
諦観ではなく、ホンマにそう思ったんや。
柳吉の九州行きは彼にとりリフレッシュな転地効果となり、蝶子にとっては、いままでの生き様を見直すきっかけになった。
《蝶子は本当だと思った》。
ほんのりしたハッピーエンドをかもしだし、読者をも慰めてしまう言葉だ。
それにしても、柳吉の父親に憎悪されていた蝶子にとって、父親が死出の旅立ち前に吐いた、柳吉をよう面倒みてくれたナア、の意を伝え聞いた蝶子。
10年苦労して初めて認められた!歓喜。
柳吉と揃いで誂えた黒紋付を着て、柳吉と一緒に父親の前に手をつきたかったのだ。
話は戻るが、父親の葬儀のあと、九州へ渡った柳吉から、蝶子と別れて娘と自活する旨の手紙が、蝶子の父親の種吉に送られてきた。
種吉は、しゃあないなあ、ちゅう感じで柳吉の手紙を蝶子には見せないで、焼き捨てた。
柳吉の父親が死を直前にして柳吉の妹に告げた言葉「姉(ねえ)はんの苦労はお父さんもこの頃よう知ったはりまっせ。
よう尽してくれとる、こない言うたはります」。
舅御による自分の立場認知の言葉。
蝶子が常々言ってた、別に私は柳吉さんの正式な嫁になろうなんて思ってません、は本音。
しかし、自分の立場を肯定してくれた舅御のこの言葉に、いままで蝶子の心に封印されていた生まれて初めて経験する感情が堰を切って迸り出た。
舅御の死出の旅立ち前に、柳吉と二人で新調の紋付姿で手を付き挨拶をしに行きたい。
この気持ち、痛いほどわかる。
しかし、それは許されなかった。
柳吉の立場を考えたら当然かもしれない。
蝶子、思いあまっての自殺。
未遂。
さて、柳吉は遺産を片手に九州かどこぞに行って、金を使い果たして戻ってきたんやろう。
久しぶりに対面した蝶子に柳吉は『行方をくらましたのは作戦や…遺産の分け前に与らねば損や、そう思てわざと葬式にも呼ばなかった』と言った。
蝶子は本当だと思った。
父種吉や読者に少し遅れて、《浮き世の条理》を悟る蝶子。
そのあと、何もかも帳消しモードでの法善寺さん道行。
寺の脇の店『夫婦善哉』で、柳吉の能書きを聞きながらぜんざいを食べる蝶子。
浄瑠璃好きの柳吉はいよいよ本格的に凝りだし、素人大会で蝶子の三味線で『太十』を語り二等賞になり大きな座布団を景品でもらった。
それが小説『夫婦善哉』の結び。
小説の主人公は蝶子。
テーマは『愛』。
蝶子みたいな女性、世の中にひとりもいまへんで。