『叩(たた)きの稽古』の重み

伊達兄宅で『団七』のお稽古の二日目。
三味線なしの太夫(総称は『太夫』個人名の時は『大夫』)同士の、いわゆる『叩きの稽古』だ。
拍子を取るため扇子等を叩くことから、そう名付けられたのでしょう。
ひと月ほどかけて本読み(主にテープ学習)して三味線のメロディ、リズムやら詞の強弱、上げ下げ、意味合いを頭に叩きこんで、普通は三味線弾きさんとの稽古に臨みます。
しかし、『弁慶』の時もそうでしたが、今回の『団七』も、珍しく『叩き』の稽古から入りました。
この稽古では師匠、先輩方が声を一緒に出してくださるのです。
だから、自習で家で声を出して『デキル!』と思ったことがまるで勘違いだったことがようわかりまんねん。
伊達兄の割れ鐘のような声を目前から浴びた日にゃあ、頭がグラグラして気が遠くなりまっせ。
なんとか喰らいついていきます。